画像部門

3T MRIによる脳神経系の新しい画像診断法

佐々木真理1)、柴田恵理1,2)、藤原俊朗5) 、高橋純子3)、高橋智 3)、井上敬4)、鈴木満2)、酒井明夫2)、江原茂1)

岩手医科大学 1)放射線科、2)神経精神科、3)神経内科、4)脳神経外科、5)先端医療研究センター

 

3T MRIは単なる空間分解能向上に留まらず、従来とは一線を画す新たな機能形態情報を提供する。中でも3T独自の髄鞘イメージング、磁化率イメージング、神経メラニンイメージング、容積拡散イメージングは画像診断の新しい手法として有望と考えられる。

3T 高解像度STIR画像は髄鞘密度に依存する豊富なコントラストを有しており、髄鞘イメージングとして利用可能である。本法によって、従来描出が困難であった視床亜核、腹側視床、視床下核、黒質内部構造などの微細構造を良好に可視化することができる。

3Tの強い磁化率効果を利用した手法に磁化率強調画像と鉄イメージングがある。T2*緩和と局所位相シフトを利用する磁化率強調画像は、微小出血のみならず微細な静脈構築、局所酸素代謝、ならびに脱髄病変に関する新たな情報を提供する。みかけのT2緩和を利用する鉄イメージングは鉄含有構造の可視化と鉄含有量の推定に有望と考えられる。

神経メラニンイメージングは黒質ドパミン神経細胞や青斑核ノルアドレナリン神経細胞の脱落や機能異常を無侵襲に捉えることができ、Parkinson病などの変性疾患やうつ病などの精神疾患の病態解析に威力を発揮することが予想される。

 容積拡散イメージングは等方性容積データの取得によって部分容積効果の解消と画像歪みの改善を図る手法である。今まで困難であった小構造の拡散係数や拡散異方性の計測が可能であり、拡散強調画像や拡散テンソル画像の大幅な精度向上をもたらすと考えられる。

 3T MRIは単なる高性能MRIではなく、生体イメージングの新たな可能性を開く画期的な装置である。今後、脳神経領域の臨床や研究に大きなインパクトを与えることが期待される。


 

肝硬変における脳内物質代謝異常−3.0teslaMRSを用いたglutamineglutamate濃度の検討−

 

加藤章信1)、佐原 圭1)、吉岡芳親2)、鈴木一幸1)

岩手医科大学第一内科1)、岩手医科大学共同研究部門(超高磁場MRI2)

 

【目的】肝硬変では磁気共鳴分析法(MRS)による検討により、glutamine (Gln)glutamate (Glu)の総和の上昇という脳内物質代謝異常がみられ、astrocyteの機能異常との関連から注目されている1)2)。しかし、従来のMRS (1.5 tesla)ではGlnGluとの分離は困難であった。今回、物質分解能の高い高磁場MR装置と新しく開発したdata処理方法を用いてGlnGluの分離を試み、血液生化学検査との関連についても検討した3)

【対象ならびに方法】肝硬変23(男性15例、女性8例、平均年齢61)を対象とした。対照は肝疾患既往ならび器質的脳疾患のない健常成人11例(男性9例、女性2例、平均年齢39歳)である。3.0teslaMR装置を用い、被検者の後頭葉灰白質に関心領域を設定し1H(proton)-MRSを施行した。N-acethylaspartate(NAA)GluGlnの信号強度を測定し対照と比較した。さらに生化学検査と信号強度との関連を検討した。

【結果】1)GluGlnの分離と動態: 3.0teslaMRにより被検者の脳内GluGlnの分離は可能であった。脳内 (Gln+Glu)信号強度 (GlnGluの総和とNAAとのモル比)は肝硬変 (1.305±0.33, mean±SD)では対照(1.046±0.11)に比し有意(p<0.05)に高値であった。さらにGlnの信号強度(GlnNAAとのモル比)も同様に肝硬変 (0.658±0.23)で対照(0.473±0.08)に比し有意(p<0.05)に高値であった。一方、Glu(GluNAAとのモル比)の信号強度は対照と差がなかった。2)血液生化学検査との関連: GluGlnの信号強度は静脈血アンモニア濃度や総ビリルビン濃度、血清アルブミン濃度、プロトロンビン時間、血漿Gln濃度、血漿Glu濃度とは明らかな相関を認めなかった。一方で、ICGR15(%)Glnの信号強度は有意(p<0.05)の正の相関を認めた。

【結論】高磁場MRSにより、脳内GluGlnの分離が可能となり、肝硬変でみられる脳内GluGlnの総和の増加は、Glnによることが明らかとなった。さらにこの異常は静脈血アンモニア濃度とは明らかな関連はないものと推定された。 

 

1)      Haussinger D, Laubenberger J, vom Dahl S  et al: Proton magnetic resonance spectroscopic studies on human brain myo-inositol in hypoosmolarity and hepatic encephalopathy. Gastroenterology 1994 ;107: 1475-1480.

2)      Haussinger D, Fischer MG, Kircheis L et al: Cell hydration and cell function: Relevance to the pathogenesis of hepatic encephalopathy, In: Advance in hepatic encephalopathy and metabolism in liver disease (Yurdaydin C and Bozkaya H ed), Ankara University Press Ankara 2000; pp24-27. 

3)      Sawara K, Kato A, Suzuki K et al: Brain glutamine and glutamate levels in patients with liver cirrhosis: Assessed by 3.0-T MRS. Hepatology Research2004; 21,851-859

 


 

Evaluation of gray and white matter changes in Mild Cognitive Impairment using 3T MRI

3テスラMRIを用いた軽度認知障害の灰白質および白質障害の評価)

Satoshi Takahashi1, Junko Takahashi1, Yasuo Terayama1, Hisashi Yonezawa1, Makoto Sasaki2, Takashi Inoue3

1Department of Neurology, Iwate Medical University, Iwate, Japan

2Department of Radiology, Iwate Medical University, Iwate, Japan

3Department of Neurosurgery, Iwate Medical University, Iwate, Japan

 

 

Purpose: To investigate the differences of gray and white matter integrity of Mild Cognitive Impairment (MCI) from those among normals and patients with Alzheimer’s disease (AD).

Subjects and Methods: Gray matter intensity was measured utilizing white matter suppression sequences MRI(TR/TE: 4000/16.5, TI=250ms) among 10 patients with MCI, 18 patients with AD and 10 normals. Region of interest (ROI) were set and measured on several gray matter regions. Relative intensity ratio (gray matter value / cerebellar value) was calculated and compared among MCI, AD, and normals. Fractional anisotropy (FA) value reflecting the integrity of the white matter nerve fivers was measured utilizing diffusion tensor MRI (b=2000) among 14 MCIs, 10 ADs, and 10 normals. ROI were set and measured on several white matter regions. FA value was compared among MCI, AD and normals.

Results: Among AD patients, relative intensity ratios in hippocampal head, anterior cingulated gyrus, inferior temporal gyrus, posterior cingulate gyrus, were significantly decreased compared to those among normals (p<0.05). Among MCI patients, relative intensity ratios in inferior temporal gyrus, hippocampal head, anterior cingulated gyrus  were significantly decreased compared to those among normals (p<0.05).

Among AD patients, FA value in temporal and angular subcortical white matter, internal capsule, posterior cingulated bundle (p<0.01 respectively), frontal subcortical white matter, trunk of corpus callosum (p<0.05, respectively) were decreased compared with normals, while no significant differences were observed in FA value between MCI and normals.

Conclusion: The above data suggests that cortical degeneration in hippocampal head and inferior temporal gyrus precedes degeneration in posterior cinglate gyrus a d white matter changes among patients with MCI.


CEA術前後MRS評価:

井上敬、小笠原邦昭、小林正和、西本英明、廣岡龍之進、神原芳行*、松村豊*、小川彰

岩手医科大学脳神経外科、放射線部*

 

【目的】 頚動脈狭窄性病変に対する頸動脈内膜剥離術の脳卒中予防効果は確立している。しかし、本手技が脳機能・脳代謝に及ぼす影響は明らかではない。本研究の目的は、CEA術前後脳代謝をMRSで評価検討することである。

【対象・方法】 対象は頸動脈内膜剥離術施行前後にmagnetic resonance spectroscopy (MRS)を施行した20例とした。MRSGE SIGNA 3.0T VH/i にてPRESS法を用いsingle voxel法で撮像した。繰り返し時間は2000ms, エコー時間は144msとした。voxel は傍側脳室深部白質に4x2x2 cmのものを、梗塞巣・脳室・脳回は含まないように設定した。加算回数は96回とした。コンソール上でCholin (Cho), creatine (Cre), N-acetyl asparatate (NAA)の面積を算出し、Cho/Cre, NAA/Creを求めた。またCEA前後に高次脳機能評価としてWAIS-Rを施行した。

【結果】 CEA NAA/Cr 1.76:2.02(患側:健側)と患側で低値であった (p=0.0072)CEA 前後 NAA/Cr 1.76:1.95(術前:術後)と術後高値の傾向であった。CEA NAA/Cr 1.95:2.07 (患側:健側)とその差は有意でなくなった。

Cho/Cr は、患側・健側、術前後において、差を認めなかった。CEA後にNAA/Cr が低下した症例ではWAIS-Rも低下していた。

【結語】CEA術後に脳代謝が改善しうることが示唆された。また、CEA後高次脳機能障害をMRSで評価できる可能性が示唆された。

 


Curved planar reformation法での中心溝同定の有用性−MRI水平断画像との比較− 

西本 英明、井上 敬、佐々木 真理、神原 芳行、葛 泰孝、荒井 啓史、別府 高明、小笠原 邦昭、小川 彰

岩手医科大学 脳神経外科、放射線科、超高磁場MRI研究施設

 

 

【目的】 運動野近傍病変摘出前に中心溝同定を行うことは重要である。しかしMRI水平断画像を用いて解剖学的指標から中心溝同定を行う場合には、腫瘍の影響等で同定できない場合がある。本研究の目的は中心溝同定におけるCurved planar reformation(CPR)法の臨床的有用性を明らかにすることである。

【対象・方法】 対象は運動野近傍に病変を有する45症例とした。MRIGESIGNA 3.0T VH/iを用いた。CPR画像は3D SPGR画像から作成した。撮像パラメータはTR12msTE2.4msFA15度、512×256マトリックス、FOV22cm、スライス厚1mm、撮像時間6分9秒とした。MRI水平断画像はshort inversion-time inversion recovery画像を用いた。撮像パラメータはTR4000msTE24msFA90度、TI100ms512×384マトリックス、FOV24cm、加算回数2回、スライス厚4.0mmとした。解剖学的指標としては、(1)上前頭溝が中心前溝と交差する指標、(2)頭頂間溝は中心後溝と交差する指標、(3)中心前回は中心後回より厚い指標、(4)Inverted Ω sign(5)中心溝は他の脳溝とは交わらない指標を利用した。全例でfunctional MRIを施行し中心溝を同定した。

【結果]CPR画像では45症例中全例で中心溝を同定できた。MRI水平断画像では38症例で中心溝を同定できたが、7症例で同定できなかった。この7例では腫瘍により脳溝が圧排されて脳溝を連続して追跡することができなかった。

【考察】  CPR法を用いることにより解剖学的指標を一枚の画像で観察することができ中心溝同定が容易であった。特に3.0 Tesla MRIを用いることにより、高解像度での3DSPGR画像を取得することが可能で、より詳細な解剖学的構築の把握が可能であった。

【結語】  CPR法はMRI水平断画像に比べ中心溝同定に有用であった。


磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS)で安静時及び運動負荷時の脳内温度変化が見えた

 

吉岡芳親1,6、高濱祥子1,6、松村豊1、神原芳行2、及川浩3、江原茂1,4、井上敬5、小川彰5

1超高磁場MRI研究施設、2循環器医療センター、3岩手県立二戸病院、4放射線科、5脳神経外科、6科学技術振興機構CREST

 

【目的】脳内温度は、健康成人の生理的条件下でも、睡眠・安静・運動・脳活動に伴い変化していると思われるが、生理的条件下での深部温度計測は容易ではない。本研究では、3テスラでの1H-MRSにより、健康成人の安静時並びに運動負荷時の脳内温度変化を計測することを目的とした。

【方法】 SIGNA Horison (LX 3T)を用い、健康成人の脳内数カ所で、運動負荷中およびその前後での温度を経時的に計測した。温度は、スペクトル上の水信号の位置より見積もった。関心領域からのスペクトルは、水抑制無しのPRESS法により得た。関心領域は、2x2x1.5もしくは2x2x2cm3であり、測定条件は、TR=3000msTE=144msSW=2.5kHzSI=4KNS=1400-2000(合計測定時間は70 - 100分)とした。被検者は仰臥位で、安静−運動負荷−安静の順で軽い運動負荷を行った。運動負荷は、20もしくは30分の膝関節の軽い屈伸運動であり、屈伸のスピードは1Hzとした。比較のため、途中の運動負荷無しの安静のみの場合の計測も行った。腋窩温、食道温を熱電対もしくはサーミスタで同時に記録し比較した。

【結果】測定開始直後の安静時には、脳内温度・食道温ともに0.1-0.2oC程度徐々に低下する傾向にあった。安静時の長時間の計測では、徐々に上昇する場合も見られたが、脳内温度と食道温は、平行した変化は示さなかった。運動開始とともに、脳内温度・食道温ともに徐々に上昇した。食道温の上昇は、0.5oC程度までであったが、脳内温度は、1.0oC程上昇する場合も見られた。安静時及び運動負荷時の温度変化は、食道温の変化と比べ脳内温度の変化がより大きい傾向にあった。

【まとめ】3テスラでのMRSにより安静時並びに軽い運動負荷時における脳内温度変化を計測することができた。脳内温度と食道温度は、健康成人の安静時や軽度の運動時のような生理的な条件下でも、変化量は一致せず、脳活動に起因する脳内温度変化がより大きく表れていると思われた。


脳出血症例における錐体路評価:Periodically Rotated Overlapping Parallel Lines with Enhanced Reconstruction (PROPELLER) 法の有用性

 

廣岡 龍之進、西本 英明、井上 敬、松村 ***、佐々木 輝夫*、吉田 研二*、吉田 雄樹*、佐々木 真理**、小笠原 邦昭、小川 彰

岩手医科大学 脳神経外科、救急医学*、放射線科**、岩手医科大学超高磁場MRI研究施設***

 

【はじめに】神経線維走行を評価する手法の一つにthree dimensional anisotropy contrast (3DAC) 画像がある。しかし、通常はecho planar imaging(EPI) 法を用いるため、出血性病変ではアーチファクトが強く神経線維評価は不正確となる。近年報告されたPeriodically Rotated Overlapping Parallel Lines with Enhanced Reconstruction (PROPELLER)法は高速スピンエコー法の変法でアーチファクトを軽減することができる。

【目的】PROPELLER-DWI から作成した3DAC画像で脳出血症例の錘体路評価を行い、その臨床的有用性を検討する。

【対象・方法】対象は脳出血症例10例とした。MRIGESIGNA 3.0Tesla を用いた。全例EPI-DWIPROPELLER-DWIを撮像し、AJSDr.View / LINUX を用い3DAC画像を作成した。3DAC画像で描出された錐体路を肉眼的にdyscontinuity(D) compression(C) 2つに分類した。また運動機能障害をNational Institutes of health stroke scale (NIHSS)で評価した。EPI-DWIPROPELLER-DWI各々で作成した3DAC画像の分類とNIHSSを比較検討した。

【結果】EPI-DWIではD評価5症例、C評価5症例であった。PROPELLER-DWIではD評価2症例、C評価8症例であった。EPI-DWIではD評価であったが、PROPELLER-DWIではC評価であった3症例は、NIHSSによる運動機能障害が軽度であった。PROPELLER-DWIでの評価は全例でNIHSSとの相関を認めた。

【考察】EPI-DWIでは、血腫によるアーチファクトの影響が大きいために本来温存されている錐体路が不連続に描出されたものと考えられた。一方、PROPELLER-DWIによる評価は出血病変でもアーチファクトの影響が小さかった。そのため、正確な錘体路評価を可能にし、NIHSSによる運動機能障害とより相関したと考えられた。

【結語】PROPELLER-DWIEPI-DWIに比べ、脳出血症例の錐体路評価において臨床的に有用であった。

 


大脳白質神経線維描出におけるTACVOC法の有用性

藤原俊朗1, 3)、井上敬2)、神原芳行3)、佐々木真理4)、西本英明2)、別府高明2)、荒井啓史2)、笹生昌之2)、小笠原邦昭2)、小川彰3)

岩手医科大学 1) 先端医療研究センター、2) 脳神経外科、3) 循環器医療センター、4) 放射線科

 

【目的】当施設では、大脳白質神経線維走行の可視化手法として、diffusion weighted imagingDWI)から作成した拡散異方性カラーマップを3次元化したTrACtography with VOlume Color-coded map:TACVOC)を開発した。本研究では、本手法と、白質神経線維走行の可視化手法として現在広く用いられているdiffusion tensor imaging tractographyDTI tractography)とを比較し、本手法の臨床的有用性を明らかにすることを目的とした。

【方法】対象は、TACVOCtractographyともに、錐体路、視放線、弓状束近傍などに病変が存在する脳腫瘍症例10例とした。装置は3 Tesla MRI装置(Signa EXCITE HDGEMilwaukee)を用い、SE-EPIによるDWIおよびDTIを撮像した。TACVOCに用いる3Dカラーマップは、本研究において独自に設定したプロトコルにより3方向MPGにて撮像された、全脳DWIボリュームデータから作成した。また、可視化は自作ソフトウェアにて行った。Tractographyは、6方向MPGにて撮像されたDTIデータをVolume-OneおよびdTV(フリーソフト:http://www.volume-one.org)にて5回のROI選択を試行し、生成した。

【結果】 TACVOCは、カラーマップにより区別された病変部と正常組織との境界部をリアルタイム任意断面処理にて連続的に観察可能であった。そのため、腫瘍摘出範囲の術前評価には有用であると考えられた。一方、tractographyは、大局的な3次元構造把握には有用であった。しかし、観察対象の描出がユーザ指定のROIの位置や大きさに依存することから、腫瘍と線維走行との客観的境界部把握は困難であった。

【結論】 TACVOCは、tractographyと比べ、病変部と正常組織との境界部が把握しやすいことから、gliomaなどの脳腫瘍摘出範囲の検討に有用であると考えられた。

 

 


最晩発性統合失調症様精神病における脳画像所見

奥山 雄,鈴木 満,奥寺利男,横澤直文

岩手医科大学 神経精神科学講座

 

【研究目的】 脳画像診断機器の発展により,高齢初発の感情障害と脳血管障害との関係が明らかにされてきたが,高齢初発の幻覚・妄想状態の脳画像所見については統一した見解が得られていない.本研究では,60歳以降に幻覚・妄想を主体として初発する最晩発性統合失調症様精神病(Howard et al, 2000)の脳器質的変化を明らかにすることを目的にケースコントロール研究を行った.

【対象および方法】 研究の対象は,21名の疾患群(平均年齢70.0 ± 6.2 歳,男性7名,女性14名)と,年齢と性別をマッチさせた21名の健常対照群である.疾患群は,60歳以上で幻覚・妄想を初発した患者のうち,意識障害,明らかな頭蓋内占拠性疾患,オックスフォード大学版簡易精神症状スケール Brief Psychiatric Rating ScaleBPRS )のうつ症状6点以上の感情障害,改訂長谷川式簡易知的機能評価スケール(HDS-R 20点以下の認知症を除外した症例である.脳画像については, MRI 67部位について脳病変の有無と程度を評価した.大脳白質病変のうち脳室周囲高信号病変 (Periventricular Hyperintensity,以下 PVH)と深部皮質下白質高信号病変  (Deep and Subcortical White Matter Hyperintensity ,以下 DSWMH)については,日本脳ドック学会の Gradingを用いて評価した.以上から得られたデータを McNemar 検定により統計学的に解析した.

【結果】 精神症候については,疾患群の BPRS 総得点の平均は33.2±4.2点であり,その下位尺度である幻覚の平均得点は2.4±1.2点,妄想の平均得点は4.0±1.4点,HDS-Rの平均得点は24.1±2.0点であった.PVH については疾患群で11例,対照群で12例と,両群に認めたが,その有所見率に有意差を認めなかった.DSWMH についても疾患群で17例,対照群で15例と,両群に認めたが,その有所見率に有意差を認めなかった.ラクナ梗塞を有するものは疾患群で12例,対照群で3例と,疾患群で有意に多く認めた.部位別にラクナ梗塞の有所見率を比較したところ,全ての部位において両群間に有意差を認めなかった.血管周囲腔拡張を有するものは疾患群で10例,対照群で3例と,疾患群に有意に多く認めた.部位別に血管周囲腔拡張の有所見率を比較したところ,両側の前頭葉上前頭回において6例と,疾患群に有意に多く認めた.大脳皮質の萎縮について部位別に有所見率を比較したところ,両側前頭葉の上前頭回で13例,中前頭回で11例,下前頭回で12例,内側前頭回で7例,両側側頭葉の上側頭回前方部で8例,中側頭回前方部で7例,下側頭回前方部で6例と,疾患群に有意に多く萎縮像を認めた.海馬体,海馬傍回,帯状回,帯状回峡,扁桃体については,萎縮の有所見率に有意差を認めなかった.

 


 [18F]臭化フルオロメチル合成モジュールの構築と[18F]フルオロコリンへの適応

寺崎一典1,世良耕一郎1,小豆島正典2,岩田 錬3

岩手医科大学 1)サイクロトロンセンター,2)歯科放射線科,3)東北大東北大学サイクロトロンRIセンター

 

【背景・目的】 フッ素18標識トレーサーを開発する方法として,[18F]臭化フルオロメチル([18F]FMeBr)などの各種[18F]フルオロメチル化剤が開発され,その応用が進められている.これらフルオロメチル化剤は,[11C]ヨウ化メチルと同様な標識反応によって,18F-標識化合物の合成に応用できる可能性を持っている.本研究では臨床的な有効性が定まった種々の11C-標識体に対応する18F-標識化合物を開発することを目的として,[18F]FMeBrを合成する超小型モジュールおよび制御プログラムを開発した.さらに,その有用性評価のため,[11C]コリンとの構造的類似性の高く,ポストFDGとして期待されている[18F]フルオロメチルコリン([18F]FCH)の自動合成条件を最適化し,臨床利用可能な薬剤として成熟させることを目指した.

【方法】 合成システムは[18F]FMeBr合成モジュールおよびコリン合成モジュールから構成されている.[18F]FMeBrモジュールはPEEK素材のブロック内部に細い流路を有し,そこに超小型電磁弁を組み込んでマニホールド化した。加熱反応にはリング状の小型赤外線ヒーターを採用することでガラス製反応容器の溶媒を直接加熱することができ,微妙な温度制御が可能になった.さらに,[18F]FMeBrをトリフレート体に変換するための小型電気炉,および小型コリンモジュールを組み合わせて[18F]FCH合成システムを構築した.本システムの自動制御にはUSB対応のインターフェースモジュールを通して動作する専用のプログラムを開発した.

[18F]FCHの合成は次のように実施した.[18F]フッ素イオンを臭化メチレンとフッ素化反応させ,生成する[18F]FMeBrをシリカカートリッジで精製し,銀トリフレートカラムを通してトリフレート体に変換した後,固相抽出カラム上で反応基質ジメチルアミノエタノールと反応させ[18F]FCH注射剤を得た.

【結果・考察】 フッ素化反応の温度,無水化処理などの合成条件を最適化した結果,全合成時間は照射終了時から45分を要し,100 mCi[18F]フッ素イオンから合成開始して約20 mCi740 MBq)の実収量が得られ,また,その注射剤の安全性と品質が確保されていた.本システムによって,再現性の良い[18F]FCH合成が可能になった.また,他の18F-標識薬剤の製造に対しても高い適応性を有していることが確認された.


血管部門


遺伝子と血流は脳循環系の解剖学的構造の決定にいかに関わるか 
?
ゼブラフィッシュによる解析?

 

       磯貝純夫、木村英二、谷藤吾朗、野間かおる、高橋雪江、人見次郎

岩手医科大学医学部 解剖学第一講座

 

 ヒトの脳は内頸動脈と椎骨動脈によって動脈血の供給を受け、内頸動脈と椎骨動脈は大脳動脈輪と脳底動脈によって互いに連絡する(下図左Grant’s Anatomyより)。この動脈系は脳が正常に機能するための安定した血液供給を受けるうえで必須と思われ、脊椎動物を通して保持されている。脳から血液を排出する静脈系についてもヒト(下図右Gray’s Anatomyより)から魚に至るまで共通した解剖学的構造を示す。これまで、これら血管系の解剖学的構造は、未分化な毛細血管網から血流動態によって選ばれて発達した動静脈、つまり血流が決定すると信じられてきた。しかし、分子遺伝学を駆使した最近の研究は神経系の解剖学的構造を決定するプログラムされた因子が血管系の構造決定にも同様に深く関わることを明らかにしつつある。

 ゼブラフィッシュはそれ自身が持つ幾つかの特性から、血管系の解剖学的構造決定に関わる因子を探るうえでパワフルな道具となった。我々は、前駆細胞を含む血管内皮が蛍光を発現するトランスジェニックゼブラフィッシュと二光子励起顕微鏡を使用して、機能する脳血管系のパターンの形成過程を連続したライブイメージで捉えた。同イメージは、脳血管系の解剖学的基本構造を決定する初期過程が遺伝的要因によって時間的・空間的に厳密に規定されることを示唆した。

 

 


膠原病に合併する肺高血圧症における肺血管内皮細胞傷害に関連する自己抗原の探索

      鎌滝章央,菅野裕幸,黒瀬顕,澤井高志

岩手医科大学 病理学第一講座

 

【背景】混合性結合組織病 (mixed connective tissue disease, MCTD) は、複数の膠原病の症状を呈し、抗RNP抗体陽性が特徴的な疾患である.MCTD患者の死因として他の膠原病に比べて高率に合併する肺高血圧症 (pulmonary hypertension, PH) が第一位を占めているが、その発症機序はいまだ明らかにされていない.

【目的】MCTD患者でのPH発症に至る初期変化として、肺微小血管内皮細胞傷害が示唆されている.特異的な標的が傷害をうけているという特徴から、我々は血清因子の一つである抗内皮細胞抗体 (anti-endothelial cell antibody, AECA) が発症機序と関連すると考え、MCTD患者血清中のAECAが特異的に反応する抗原蛋白質の探索を行った.

【方法】肺微小血管内皮細胞から調製した蛋白質を二次元電気泳動で展開し、PVDF膜に転写後、MCTD患者血清を用いてウエスタンブロットを行いAECAの反応するスポットを検出した (2Dウエスタン) .スポットの蛋白質の同定にはペプチドマスフィンガープリンティング法を用いた.

【結果・考察】2Dウエスタンの結果、健常者血清, PHを合併していないMCTD患者血清, PHを合併したMCTD患者血清のいずれの血清とも反応するスポット、MCTD患者の血清と強く反応するスポット、PHを合併している患者血清と特に強く反応するスポットが各々複数得られた.PHを合併したMCTD患者血清で強い反応が認められるスポットを約20個選択し、ペプチドマスフィンガープリンティング法により解析したところ、半数が同定できた。その中にはさまざまな疾患で自己抗体の報告のあるvimentinなどの蛋白質も含まれていることから、2Dウエスタンは自己抗体の抗原を探索する上で有効な手段といえる.また、強皮症において抗体陽性の患者の方が陰性の患者に比べPHを発症している割合が高いと報告されている蛋白質や、PHのモデルの作製に使用されるモノクロタリンの代謝物によって修飾をうけると報告されている蛋白質も同定できた蛋白質の中に含まれており、興味深い.今後は、各々の組み換え蛋白質に対する健常者やMCTD患者の血清の反応性の違いや、精製した抗体による内皮細胞の傷害や活性化を解析することにより、AECAPHの発症機序との関連を検討する.

 

【成果発表】

50回日本リウマチ学会総会・学術集会 P-266

混合性結合組織病 (MCTD) に合併する肺高血圧症 (PH) と抗内皮細胞抗体 (AECA) の関連の解析

鎌滝章央, 佐々木信人, 澤井高志

 


 

ヒト血管炎におけるEBウイルスの関与

菅野 祐幸、鎌滝 章央       

岩手医科大学 病理学第一講座

 

【背景・目的】ヒト動脈硬化病変では、ヒトヘルペスウイルスであるサイトメガロウイルスの関与が注目を集めているが、ヒト血管炎におけるウイルスの関与については知見に乏しい。ヒトヘルペスウイルスであるEpstein-Barr virus (EBV)は当初、リンパ腫との関連において研究が進んできたが、その慢性活動性の感染(CAEBV)では、約1/3の症例で血管炎を発症する。CAEBVではT/NK細胞にEBV感染が成立するが、EBV陽性T/NK細胞リンパ腫においてもリンパ腫細胞の血管親和性が知られており、腫瘍、非腫瘍を問わず、EBV陽性T/NK細胞と血管炎病変との強い関連が示唆されている。本研究ではEBV陽性T/NK細胞の血管親和性の本態を明らかにすることを目的とする。

 

【実験方法・材料】

CAEBVで蚊過敏症を示す患者の虫刺部皮膚潰瘍形成病変の生検組織標本で血管炎病変を観察した。約1年後、虫刺なしに同様の皮膚潰瘍形成病変を発症したが、その部分では血管破壊性のEBV陽性NK/T細胞リンパ腫の組織像であった。この2病変におけるEBV感染の状態を、免疫組織化学、in situ hybridizationRT-PCR及びSouthern blotで詳細に比較検討した。

EBV陽性NK細胞株(SNK1, SNK6)での接着因子、サイトカイン発現を、real time RT-PCR及びWestern blotELISAで検討した。

EBV陽性NK細胞株とヒト培養血管内皮細胞(冠動脈内皮細胞及び皮膚微小血管内皮細胞)との接着をin vitroで検討するとともに、炎症性サイトカイン (TNFalpha, IL-1beta, IFNgamma) 前処理による、EBV陽性NK細胞株の接着変化を検討した。

サイトカイン処理内皮細胞における接着因子の発現変動を検討するとともに、責任接着因子を明らかにするため、中和活性を有する抗接着因子抗体による接着阻害実験を行った。

 

【結果】

CAEBVで蚊過敏症を示す患者の、虫刺部皮膚潰瘍形成病変と虫刺なしに同様の皮膚潰瘍病変を形成したEBV陽性NK/T細胞リンパ腫組織の比較では、後者においてEBV-LMP1遺伝子のmRNA発現亢進と蛋白発現を認めた。

EBV陽性NK細胞ではEBV陰性T細胞株に比べ、接着因子ICAM1, VCAM1, LFA1、サイトカインTNFalpha, IFNgammaの強い発現を示した。

EBV陽性NK細胞は培養血管内皮細胞に接着したが、TNFalpha, IL-1betaによる血管内皮細胞前処理により、この接着は著明に亢進した。

TNFalpha, IL-1betaで刺激した血管内皮細胞では、ICAM1, VCAM1の発現が亢進していたが、EBV陽性NK細胞との接着は抗ICAM1抗体では抑制されず、抗VCAM1抗体で抑制された。

 

【考察と展望】

LMP1B細胞では接着因子の発現亢進を来すことが知られており、T/NK細胞系においても、LMP1の発現亢進により虫刺という炎症刺激なしに血管親和性が亢進した可能性を示唆した。

EBV陽性NK細胞から産生されるサイトカインにより血管内皮に発現が誘導されたVCAM1と、EBV陽性NK細胞で発現が亢進しているVCAM1とのhomophilicな接着が重要であると示唆された。

EBV陽性T/NK細胞にTNFalpha, IL-1beta等のサイトカイン発現を誘導するEBVの責任遺伝子を同定する目的で、部位特異的組換えを用いたEBER1 (EBV-encoded small RNA1)安定発現T細胞株の樹立と、siRNAを用いたLMP1発現抑制EBV陽性NK細胞株の樹立を試みる予定でいる。

脳細動脈血管平滑筋におけるプロテアーゼ活性化型受容体のバイオイメージング解析

三崎俊成1, 2)、佐藤洋一1)、松浦誠1)、齋野朝幸1)

岩手医科大学 1解剖学第二講座、2)脳神経外科学講座

【目的】 血管内皮細胞や平滑筋には,トロンビンやトリプシンなどのプロテアーゼで活性化する受容体があり,現在までに PAR1 から PAR4 までの4種のサブタイプが存在している. 脳循環において,この受容体の活性化は太い血管の内皮を刺激して一酸化窒素 (NO) を産生し血管拡張をきたすといった報告はあるものの、組織内の血流調節において重要な役割を演じている細動脈については調べられてこなかった.血管平滑筋は臓器によって多くの点で性質が異なることから,PARs の反応性についても脳細動脈に特有の性質が存在する可能性がある.そこで,平滑筋の収縮に重要なファクターとなっている細胞内カルシウムイオン濃度 ([Ca2+]i) の変動を指標として,PARs の脳の細動脈に対する特異的な働きを調べた.

 

【方法】ウィスターラット (雄性,生後812週齢,体重 200-400g)を炭酸ガスで屠殺後,脳を速やかに摘出し HEPES 緩衝リンゲル液に滲漬した.実体顕微鏡下で脳から細動脈を分離し,コラゲナーゼにより結合組織を消化した後,Ca2+ 感受性色素 Indo-1/AM (5 μM) を412時間負荷した.NO の検出には,NO 感受性色素 DAF-2/DA (10 μM) を室温で一時間負荷した.それらの細動脈標本を,カバーガラスに固着し,灌流チェンバーに移した.標本周囲をHEPES 緩衝リンゲル液で灌流し,PARの酵素的活性化物質である トロンビン、トリプシンおよびその受容体アゴニスト PAR1-activating peptide [AP] [SFLLR-NH2]PAR2-AP [SLIGLV-NH2]PAR3-AP [TFRGAP-NH2]PAR4-AP [GYPGKF-NH2])を加えた際の  [Ca2+]iの変化をリアルタイム共焦点レーザー顕微鏡(Nikon RCM/Ab)を用いて解析した.

 

【結果・考察】トロンビンや PAR1-AP で平滑筋に律動的な  [Ca2+]iの上昇が見られた.これは,細胞外からの Ca2+ 流入を抑えても引き起こされたが,細胞内 Ca2+ 貯蔵場を枯渇させるとこの反応は抑えられた.トリプシンや PAR2-AP ではわずかな[Ca2+]iの上昇の後に全体的な  [Ca2+]i の低下が生じた.また,PAR2 刺激で内皮細胞から NO の産生を認め,NO 合成酵素の働きを抑制するとこの低下は抑えられた.可溶性型グアニル酸シクラーゼの抑制では  [Ca2+]i の低下は抑えることができなかった.小胞体 Ca-ATPase によるカルシウムイオンの取り込みを抑制すると,PAR2 刺激による [Ca2+]i の低下は抑えられた.これらの反応は,直径が50 μm以下の脳の細動脈で顕著に観察されたが,太い細動脈 (150 μm以下)では不明瞭であった.一方,精巣の細動脈は、明らかな反応は示さなかった.以上の結果から,脳の細動脈平滑筋は,PAR1 刺激に対して  [Ca2+]iの上昇,PAR2 刺激で低下を引き起こすことがわかった.PAR2 刺激による  [Ca2+]iの低下には,内皮細胞からの NO を介する経路,血管平滑筋への直接的な経路などの存在が考えられた.さまざまな病的状態で組織内に出てくるプロテアーゼが,脳の組織内血流量の調節に関与する可能性が示された.


ジピリダモールはラットの細動脈でカルシウムチャネルブロッカーとしても働く

齋野 朝幸1)、三崎 俊斉1, 2) 、松浦 誠1)、佐藤 洋一1)

岩手医医科大学 1解剖学第二講座、2)脳神経外科学講座

 

【目的】 細胞内カルシウムイオン([Ca2+]i)は、細胞内で重要な役割を果たしている。我々は以前から共焦点レーザー顕微鏡を用い、細動脈での各種修飾物質に対する[Ca2+]i濃度の変動について検討してきた。その反応は組織部位によって異なることを確認している。最近我々はATPやプロテアーゼ活性化受容体(PARs)刺激による反応に関して、臓器や血管径による特異性があることを明らかにした。従って臨床的に使用されている薬剤の効果にも部位・臓器差が存在することは容易に予想される。今回、虚血性心疾患およびネフローゼ症候群に広く用いられてきたジピリダモール(Dip)の血管拡張作用に関して、脳と精巣の細動脈で[Ca2+]i濃度の変動の面から比較検討したので報告する。

 

【方法】 細動脈をラットの脳と精巣から分離し、標本にカルシウム感受性蛍光色素のIndo-1/AMを負荷した。灌流チェンバーに標本を付着させ、標本周囲を灌流し、ATP及びその類似体の添加、さらにDip存在下でのATP等の添加により[Ca2+]i濃度がどのように変動するか確かめた。測定にはリアルタイム共焦点レーザー顕微鏡( Nikon RCM/Ab )を用いた。

 

【結果】 細動脈の平滑筋細胞において、ATP刺激に対し[Ca2+]i濃度の上昇が生じた。Dip存在下で、ATP誘発性の[Ca2+]i変化は精巣の細動脈(イオンチャネルタイプのP2Xのみ存在)では完全に抑制されることが確認された。一方、脳の細動脈(P2Xに加え、メタボトロピックタイプのP2Yも存在)では抑制が不完全であった。脱分極状態にしたときのCa2+流入もDipで有意に抑えられた。こうしたDipの抑制効果は、細胞外のカルシウムを抜いた状態に酷似していた。Dip添加によって一酸化窒素の濃度上昇は確認できなかった。また、種々のDip関連性伝達物質のアゴニスト・アンタゴニスト存在下での反応を検討したところ、ATPの反応は完全に抑制されなかった。

 

【考察】 共焦点レーザー顕微鏡を用いてDip存在下でのATPなどの刺激による細動脈のCa2+応答を検討した。今回の実験結果からDipの反応性は従来言われてきたフォスフォジエステラーゼ (PDE)の抑制作用だけではなく、非特異的なカルシウム流入抑制効果が示された。各臓器の血管平滑筋において、イオンチャネルタイプの受容体がどの程度主体をなしているかに応じて、Dipの血管拡張効果が左右される可能性が高い。

 


神経修復部門

 

尿中物質によって誘発される鋤鼻感覚細胞内カルシウムイオン濃度の変化 −フェロモン応答の特性と応答する細胞の局在−

 

阿久津仁美1, 2),佐藤洋一2),人見次郎3)

岩手医科大学 1) 先端医療研究センター, 2)解剖学第二講座,3)解剖学第一講座

 

 

【目的】 多くの脊椎動物の鼻腔に存在する鋤鼻器はフェロモン受容器と考えられている。雌ラット尿は雄ラット鋤鼻感覚細胞の応答を引き起こすことが確認されているが,管状構造の鋤鼻器において特定の刺激に応答する感覚細胞の分布は明らかにされていない。本研究では,組織形態を保ったままのラットの鋤鼻連続スライスを用いて,細胞内カルシウム濃度([Ca2+]i)を指標として尿中物質に対する鋤鼻感覚細胞の応答を解析し,感覚細胞のフェロモン応答の特性と応答する細胞の分布を調べた。

【材料と方法】 成熟Wistar系雄ラット(10-16週齢,体重230-340g)をRinger液にて全身灌流し,鋤鼻器を採材して,ビブラトームにて作製した150μm厚の連続生スライスを3枚おきに実験に使用した。灌流チャンバーのカバーグラス上にカルシウムインジケータIndo 1-AMを取り込ませた標本を固定し,周囲をHEPES-Ringer bufferで灌流しながら1000倍希釈した成熟雌ラット尿(Wistar系,8-14週齢,発情休止期,発情前期にそれぞれ採集)で刺激し,高速リアルタイム共焦点レーザー顕微鏡(Nikon RCM-8000)にて[Ca2+]iを測定した。

【結果】 雄の鋤鼻感覚細胞は雌の発情前期の尿刺激に対して強い反応を示したが,その反応は刺激に対して一様ではなく,各感覚細胞が独立的な反応を示した。 [Ca2+]i上昇の持続時間も細胞によって異なり,一過性に上昇する細胞,あるいは一定時間持続する細胞が観察された。一般的に発情休止期の尿に対して反応する細胞は少なかったが、発情前期の尿と発情休止期の尿に対して反応する細胞が異なる場合と,同じ細胞が異なる反応を示す場合も認められた。実験に使用したほとんどのスライスで感覚細胞の反応が観察されたが,主に吻側のスライスで発情前期の尿に対するより強い反応が認められた。

【考察】 鋤鼻感覚細胞のフェロモン応答には,細胞の反応性に多様性が認められた。これは尿中に複数種類のフェロモン物質が含まれている可能性があり、あるいはまた、同一物質に対して異なった反応をする複数種類の感覚細胞が存在することも考えられる。加えて、感覚細胞は均等に分布しているわけでなく、鋤鼻器内で部位特異性が見られる。発情周期に応じたフェロモン物質の変動も予想され、今後はこのような複数のパラメータを念頭において解析を行う予定である。

 


NEUROTOXICITIES OF LOCAL ANESTHETICS ON BOVINE ADRENAL CHROMAFFIN  CELLS AT CLINICAL USE CONCENTRATIONS

 (臨床で使用する濃度の局所麻酔薬が、神経系細胞モデルである副腎髄質クロマフィン細胞に与える神経細胞毒性について)

Kenzo Mizuma1, Eiichi Tachikawa1, Kenzo Kudo1, Yukiko Kondo1 , Eiichi Taira1 and Kenzi Suzuki2

1Department of Pharmacology and  2Anesthesiology, School of Med, Iwate Med Univ, Morioka, JAPAN

 

Background and aims: Recent reports on a permanent neurologic injury have generated concerning about the potential neurotoxicity of lidocaine. Bovine adrenal chromaffin cells, which are originated from a neural crest and are regarded as autonomic ganglions, secrete catecholamines(CAs) via a stimulation of nAChRs. It is well known that local anesthetics block cation channels, and inhibit the acetylcholine-evoked Ca influx into the cells and CA secretion from the cells at low concentratins. However, the effects of the local anesthetics at clinical (higher) concentrations on the chromaffin cells are obscure. In this study, we investigated the effects of local anesthetics on CAs secretion at the doses clinically used.

Methods: CAs release, Lactate dehydrogenase(LDH) and aspartate aminotransferase(AST)  from the bovine adrenal chromaffin cells and  acetylcholine-evoked Ca influx into the cells were investigated at the doses clinically used.

Results: Dibucaine(Dibu), tetracaine(Tetra), bupivacaine(Bupiva), lidocaine(Lido), ropivacaine(Ropiva), mepivacaine(Mepiva), procaine(Pro), prilocaine(Prilo) and etidocaine(Etido) secreted CAs from the cells in a concentration-dependent manner, but the effects of Dibu, Tetra, Bupiva and Lido were greater than those of the other. On the other hand, Dibu, Tetra and Lido decreased acetylcholine-evoked Ca influx into the cells, and they increased both of AST and LDH from the cells at higher concentrations.

Conclusions: These results suggest that Dibu, Tetra and Lido at the clinical doses permeabilize the cell membranes and cause damage to the bovine adrenal chromaffin cells.

 


正常骨芽細胞と骨肉腫培養細胞株間でdifferentialに発現しているmicroRNA

阿保亜紀子,永田有希,前沢千早,増田友之

岩手医科大学 病理学第二講座

 

【目的】 non-coding RNAであるmicroRNA (miRNA)は,複数の遺伝子を標的にし,epigeneticな蛋白質の発現制御を行っている.miRNAは発生・分化,細胞増殖やウイルス感染制御,がんの発生・進展などの様々な生命現象に関与している可能性が示唆されている.我々は,悪性腫瘍におけるmiRNAのプロファイリングの過程で,血管新生あるいは細胞分化にかかわるmicroRNAを特定したので報告する.

【方法】 miRNAの発現解析には,microRNA microarray (mirVana miRNA BioarrayAmbion)およびTaqMan microRNA assayを使った.解析に用いた悪性腫瘍および正常細胞は骨肉腫培養細胞株13株,正常骨芽細胞2株,甲状腺癌(乳頭癌10株・未分化癌5株)であった.標的遺伝子予測は,miRBasehttp://microrna.sanger.ac.uk/)にて行い,必要に応じて機能的解析を行った.

【結果・考察】 1) 骨肉腫培養細胞株と正常骨芽細胞間でdifferentialな発現パターンを認めたmiRNAは全部で90個あった.増強が89個で,減弱が1個であった.骨肉腫細胞間で共通に増強していたmiRNAは,hsa-miR-33 (3/13)hsa-miR-183 (3/13) has-miR-516-3p (11/13)であった.miRBaseによる標的遺伝子予測では,has-miR-516-3pCOL181A/endostatinTSP-1/thrombospondin-1などの腫瘍血管新生抑制因子の発現抑制に関与する可能性が示唆された.2) さらにmiR516-3pCSPG5GDPD,各種プロテアーゼの発現制御によって,細胞からのプロテオグリカンの分泌を抑制し,骨化を誘導している可能性が示唆された. 2) 甲状腺癌では,骨肉腫培養細胞株とは異なり,正常甲状腺,甲状腺乳頭癌,末分化癌と細胞の分化度が低下するに従って,has-miR-138の発現低下生じていた.miRBaseによる標的遺伝子予測では,has-miR-138VGFEBVEGFCTERTの発現制御に関わっている可能性が示唆された.

 腫瘍細胞におけるmiRNAdifferentialな発現は,腫瘍の血管新生や細胞分化に影響を与えている可能性があり,関連蛋白質の分泌制御の実験結果とあわせて報告する.

 


障害を受けた肺胞上皮細胞再生にむけての基礎的検討

村井一範1、山内広平2)、遠山 稿二郎3)、石田 陽治1)

岩手医科大学 1)血液内科学、2)内科学第三講座、3)バイオイメージングセンター

 

【目的】近年、多くの臨床分野で骨髄造血細胞を用いた臓器再生医療が研究室から臨床医学の現場にフィードバックされてきている。しかしながら、造血幹細胞の可塑性あるいはそのメカニズムの多くは不明のままである。今回我々は、骨髄キメラマウスを作成し、その後卵白アルブミンを吸入暴露し、気道粘膜の障害を誘発し、その障害と再生における骨髄造血細胞の役割を検討した。

【方法】(1.骨髄キメラマウスの作製) 812Gyの放射線照射後のC57BL/6(レシピエントマウス)に対して、GFPトランスジェニックマウス(ドナーマウス)から骨髄細胞を尾静脈より静注して、C57BL/6キメラマウスを作成した。生着確認は、21日後に末梢血を採取し、フローサイトメトリでGFP陽性細胞比率を測定した。

2. 喘息マウスモデルの作成) 次に作製したC57BL/6キメラマウスを用いて気管支喘息のマウスモデルを作成した。感作2週間後卵白アルブミン(OVA)溶液の吸入暴露を一日おきに反復して行い、一ヶ月目まで経時的に末梢血、気管支肺胞洗浄液、肺組織を採取した。

3.骨髄キメラマウスの喘息モデルの解析) 肺組織変化の評価:肺組織をホルマリン固定後パラフィン包埋し、組織標本を作製し、HE染色後、肺胞組織への細胞浸潤の程度を半定量的な組織スコアとして評価した。更に、凍結標本について蛍光顕微鏡下で上皮および気道粘膜下のGFP陽性細胞を検出し、更に抗GFP抗体によってもGFP陽性細胞を確認した。

【結果】(1.骨髄キメラマウス) 8Gyの放射線照射のみを行い、その後の骨髄細胞を救済しなかったマウスにおいても長期の生存が得られ、末梢血液検査において血球細胞の回復を認めた。次に8Gyの放射線照射に引き続いてドナー細胞からGFP陽性骨髄細胞を移植したマウスでは、移植後21日目で半数のレシピエントマウスでGFP陽性細胞と陰性細胞の不完全キメラ状態であった。そのため次に照射線量を10Gyに増加させて同様の検討を行ったところ、全例21日目にGFP陽性細胞からなる完全キメラ状態が得られた。そのため以後の実験は放射線線量を10Gyとし、輸注骨髄細胞も1.3x107個とした。

2. 喘息マウスモデル)OVA暴露後1週間の骨髄キメラマウスの肺組織には、好酸球を主体としてリンパ球、単球の気道周囲、肺胞腔への浸潤が著明であった。また2週間?1ヶ月目の組織において、上記炎症細胞の浸潤に加え気道上皮基底膜の肥厚やコラーゲンの沈着が著明となった。

3.骨髄キメラマウスの喘息モデルの解析) 蛍光顕微鏡下でGFP陽性細胞を確認し、多くは好酸球などの炎症細胞であったが、一部の細胞は気道上皮下に紡錘状の形態を呈し、線維芽細胞と考えられるGFP陽性細胞が確認され、抗GFP抗体によっても確認した。また一部の肺血管内皮細胞にGFP陽性の内皮細胞が認められた。

【結論】 気管支喘息におけるアレルギー性炎症に伴う気道粘膜化の線維化に骨髄由来線維芽細胞が関している可能性が示唆された。

 


サイトカイン発現を指標とした脳損傷受傷後経過時間推定に関する検討

高宮正隆, 藤田さちこ, 青木康博

岩手医科大学 法医学講座

 

【目的】

法医解剖例における受傷後経過時間推定法確立のための基礎的研究として, 脳損傷修復にかかわるサイトカインならびに増殖因子の変動を遺伝子およびタンパクレベルで解析し, これを通じて損傷修復の病態生理を組織細胞化学的に究明するとともに, 法病理的診断への応用の可能性を探った. 脳損傷は死に直結しうる損傷であり, 法医解剖例で多い非加療例では生存時間が短いことが想定されることから, 特に急性期および亜急性期におけるサイトカインならびに増殖因子を指標とする推定法の応用の可能性を探った.

【方法】

1)      検体採取: 実験動物としてマウスを用い脳に損傷を作成したのち, 経時的に検体を回収した.

2)      mRNAレベルでの解析: fibronectin, tPA, uPA mRNAについてABI PRISM 7700 sequence detector を用いて定量的に, またin situ hybridization 法を用いて定性的に発現動態の経時的変化を検討した.

3)      タンパクレベルでの解析: IL-1α, IL-1β, IL-2, IL-3, IL-4, IL-5, IL-6, IL-10, IL-12 p40, IL-12 p70, IL-17, G-CSF, GM-CSF, IFN-γ, KC, MIP-1α, Rantes, TNF-αについて、Bio-Plex サスペンションアレイシステムを用いてその経時的変化を定量的に検討した。

【結果および考察】 

mRNAレベルではfibronectin mRNAの脳損傷における発現量は48時間後にピークとなり, 血管内皮細胞、astrocyteに発現していた. またuPA mRNAは受傷後24時間にピークとなった. tPA mRNAは損傷治癒過程での有意な変動は認められなかった.

タンパクレベルではIL-1β, IL-5, IL-6, IL-12 p40, G-CSF, IFN-γ, KCの発現は受傷後上昇しており, そのピークはいずれも8時間後であった. なお, これら発現の上昇が認められたサイトカインのうち発現量が最も多かったのはIL-12 p40であった. 一方, IL-1α, IL-12 p70, TNF-αは受傷後1時間から144時間まで, IL-10は受傷後3時間から240時間まで発現がコントロール群に比して抑制されていた. またIL-2, IL-3, IL-4, IL-17, GM-CSF, MIP-1α, Rantesについては損傷治癒過程での有意な変動は認められなかった.

今回検討した因子のうち, IL-1β, IL-5, IL-6, IL-12 p40, G-CSF, IFN-γ, KCは急性期の、fibronectin mRNA, uPA mRNAは亜急性期の指標となることが示唆され, 法医解剖例にも応用可能であると考えられた. また, 発現のピークが8時間後にある因子が多いことから, 脳損傷治癒過程においてはこの時間帯を中心にサイトカインおよび増殖因子のネットワークが活性化しているものと考えられた.

 


低分子量G蛋白RhoのホスホリパーゼDを介したD1受容体応答の調節

川崎 敏、渡辺修二、木村眞吾、岩渕玲子、佐々木和彦

岩手医科大学 第一生理学講座、*化学

 

【背景と目的】最近、海馬ニューロンにおいてAMPA型グルタミン酸受容体やG蛋白質共役型受容体のβ2アドレナリン受容体の形質膜への動員とその機能制御が、神経活動依存的あるいは恒常的にリサイクリングにより調節されていることが明らかにされた。受容体蛋白を含む小胞の輸送とリサイクリング過程は、神経伝達物質放出の制御と同様な複雑な調節を受けている。我々は、これまでにセロトニン受容体刺激によるNa+電流応答が低分子量G蛋白Rhoファミリーによって調節されることを報告したが、今回D1型ドーパミン受容体刺激で発生するNa+電流応答もRhoファミリーによって調節されることを確認した。Rhoファミリーはアクチン骨格系に作用して細胞の形態変化や運動を制御するが、上記小胞輸送にも重要な働きをもっている。そこで、ドーパミンD1受容体の電流応答に対するRhoの調節機構に、受容体のリサイクリングが関わっているか検討した。

【結果と考察】Aplysia腹部神経節にはドーパミンを投与するとゆっくりとした脱分極応答を発生する細胞がある。この応答は、D1型受容体とこれにcoupleするGs型の三量体型G蛋白の活性化を介してNa+チャネルが開くことによって発生する。この細胞に、低分子量G蛋白Rhoファミリー(RhoRacCdc42)を阻害するClostridium difficile toxin Bを細胞内投与すると、ドーパミンによるNa+電流応答は著しく減少した。さらに、Rhoだけを特異的に阻害するClostridium botulinum C3 exoenzymeを細胞内注入しても、ドーパミン応答は著しく減少した。また、RhoGTPase活性化蛋白 (RhoGAP)catalytic domainを細胞内投与するとドーパミン応答は減少したが、逆に、GDP/GTP交換促進因子(RhoGEF)GEFドメインを細胞内投与するとドーパミン応答は有意に増大した。ただし、RhoGEF単独ではNa+電流を発生させなかった。これらの結果は、ドーパミンによって発生するNa+電流応答はRhoによって促進的に調節されることを示唆する。phospholipase D (PLD)Rhoのエフェクター分子の一つである。α-シヌクレインの細胞内投与あるいは1-ブタノールを細胞外投与してPLDを阻害すると、D1受容体応答は有意に減少した。これらの結果は、RhoPLDを介して受容体のリサイクリングを制御することによりD1受容体応答を調節していることを示唆する。

 


低分子量G蛋白Arf1PLDによるD2受容体刺激で誘起されるK+電流応答に対する調節作用

 

渡辺修二、川崎敏、木村眞吾、*岩渕玲子、佐々木和彦

岩手医科大学 第一生理学講座、*化学

 

背景と目的 低分子量G蛋白Arfとそのエフェクターの一つであるphospholipase D PLD)は、小胞体とゴルジ装置の間の小胞輸送で必須の役割を果たす。近年、ArfPLDが細胞膜での受容体のリサイクリングにも関与することが報告されている。神経細胞において、G蛋白共役型受容体はアゴニスト刺激による応答の後にエンドサイトーシスされるが、リサイクリングにより再び細胞膜に戻されることが知られている。このリサイクリングにも、ArfPLDが関与する可能性がある。我々は神経細胞における受容体刺激で発生する電流応答にArfPLDが関与するか明らかにするため、ドーパミン(DAD2受容体刺激で発生するK+電流応答に対するArfPLD関連試薬の影響を調べた。

【結果・考察】  Aplysia 腹部神経節の同定した細胞に、DAを投与するとGi/o蛋白の活性化を介してK+電流応答が発生する。この細胞に、Arf に対するGuanine nucleotide exchange factorGEF)を阻害するbrefeldin Aを細胞内注入すると、DAで発生するK+電流応答が著しく減少した。また、ArfGTPase activating protein GAP)を活性化する2-(4-fluorobenzoilamino)-benzoic methyl ester (Exo1) を細胞内注入してもDAに対する応答が減少した。Arf1とそのエフェクターとの相互作用を特異的に抑制する、Arf1N末配列(2-17)のペプチドを細胞内注入した場合にも応答が減少した。一方、Arf1とは別のclassに属するArf6N末配列(2-12)のペプチドを注入した場合には、このような減少は起こらなかった。さらに、PLDを特異的に抑制するa-synucleinの注入により、DAで発生するK+電流応答が減少した。これと対照的にこれらの試薬は、アセチルコリンによるニコチン受容体刺激で発生するNa+電流応答には影響を与えなかった。これらの結果は、Arf1とそのエフェクターであるPLDが、D2受容体刺激で発生するK+電流応答を調節することを示唆する。また、ArfPLDD2受容体のリサイクリングに関与する可能性が考えられる。

 


ラット海馬スライスでのシナプス内AMPA受容体応答とシナプス外AMPA受容体応答の脱感作の違い

 

木村眞吾,川崎 敏,渡辺修二,宮崎憲一,佐々木和彦

岩手医科大学 第一生理学講座

 

【目的】成熟脳において速い興奮性シナプス伝達は主にAMPA型グルタミン酸受容体が担っており、この受容体の挙動が学習や記憶等のシナプス可塑性発現に重要である。単離細胞や、HEK cellに発現させたAMPA型受容体のagonist応答は数ms以内に強くdesensitizationする事が知られている。また、初代培養神経細胞のシナプス内AMPA受容体とsomaに存在するシナプス外AMPA受容体ではそのsubunit構成や性質が異なる事が報告されている。しかし、実際の脳のAMPA型受容体が同様な性質を持つかは不明である。そこで我々は脳スライス標本を用いて、電気刺激により誘起した興奮性シナプス後電流(EPSC)AMPA投与で発生した電流応答を指標としてsynapticAMPA受容体とextrasynapticAMPA受容体の性質について比較検討した。

【結果・考察】rat海馬スライス標本を作製し、CA1錐体細胞を膜電位固定下にSchaffer collateralを電気刺激して発生させたAMPA受容体を介するEPSCを記録し、シナプス内AMPA受容体応答の指標とした。また、somaに近接して置いた微小管からagonistを高速投与してシナプス外AMPA受容体を介する電流応答を発生させた。種々の試薬は灌流液に溶かして高速投与または灌流投与した。EPSCAMPA受容体成分とAMPA の細胞外投与で発生する電流応答の薬理学的性質やイオン機構は同じであり、単離細胞やHEK cellに発現させたAMPA型受容体のそれと同様であった。しかし、EPSCAMPA受容体成分は単発または100Hzの高頻度刺激でもほとんどdesensitizationを示さなかった。また、AMPA受容体のdesensitization 阻害剤のcyclothiazide(CTZ)EPSCおよびminiature EPSCにはあまり影響しなかった。一方、AMPA投与による応答は、繰り返し投与によりocclusionが見られ、CTZ存在下では著しく増大した。グルタミン酸トランスポータ阻害剤はEPSCの振幅を減少させたが、CTZの追加投与ではEPSCの増大は起きなかった。従ってシナプス内AMPA受容体応答はほとんどdesensitizationが起きず、一方シナプス外AMPA受容体応答はdesensitizationしやすい事が示唆された。この性質の違いはシナプス内とシナプス外のAMPA受容体subunit構成が異なるか、またはシナプス内AMPA受容体がPSD蛋白による修飾を受けている為と推測される。

 


ブタコロナウィルス(HEV)を用いたシナプス越え神経回路標識法の開発

遠山 稿二郎、赤木 巧、石田 欣二、伯 万柱、端川 勉、平野 紀夫、佐藤 成大

岩手医科大学 1)バイオイメージングセンター、2)細菌学3) 理化学研究研脳科学総合研究センター(BSI )神経構築チーム、4) 岩手大学農学部獣医微生物

 

【背景・目的】  ブタコロナウイルス(HEV)は仔ブタに感染し、嘔吐・下痢を起こし重篤な場合には脳脊髄膜炎を発症するが、成ブタではほとんど症状を示さない。一方、実験動物における感染性は広く、マウス、ラット、ハムスターをはじめサルにおいても認められている。また、HEVは中枢および末梢の神経細胞に特異的に感染し、グリア細胞への感染は認められない。さらに、感染の成立に必要なPFU(プラーク形成単位)は従来神経回路解析に使用されてきたウイルストレーサーである狂犬病ウイルス、ヘルペスウイルスなどに比べ1000分の一である。HEVの持つこれらの特徴は、神経回路の解析に、超シナプストレーサーとして極めて有望であることを示している。私たちはすでに、いくつか予備的実験データを発表してきたが、さらに、具体的な応用へ向けて、より詳細な実験を行い、HEVの基本的な感染様式を把握することを試みた。

【方法】ブタコロナウイルス(HEV 67N)を SDラット(180-220 g6 週)に接種し、以下3種類の実験を実施し、接種後2,3,4,5日経過後、ウイルスの局在をウイルス抗体を用いて免疫組織学的に検出した。

(1)105 PFU 200ml)を後肢皮下に接種し脊髄および大脳皮質を観察(2)150 PFU 20 nl)を大脳皮質聴覚野A1に接種し対側のA1領域を観察、(3)1-2, 15 あるいは150 PFU20 nl)を線条体内に接種し、黒質緻密部などを観察した。

【結果・考察】(1)、(3)の結果から、HEVは主に逆行性に伝播することが明らかとなった。また、(2)の結果は、個別の投射ニューロンにシナプスを持つ一連の皮質神経細胞群(介在ニューロンなど)を可視化し詳細を形態学的に把握できることを示している。加えて、培養系ではなく生体におけるウイルス動態を電子顕微鏡で明瞭に把握できた。HEVが近年問題となったSARSウイルスと同群のウイルスであることを考えると、コロナウイルスの感染・伝播機構の解明する貴重なモデルウイルスともなりうることが示された。なお、本感染実験は岩手医大医学部細菌学講座内に設置されているP3施設で行われた。

 


神経組織を対象とした凍結超薄切片法の安定的手技の確立と免疫電顕法への応用

赤木 巧、石田 欣二、花坂 智人、林 修一郎、遠山 稿二郎

岩手医科大学 バイオイメージングセンター

 

 

【背景・目的】 超微形態レベルでの蛋白質の局在を視覚化する方法として、免疫電顕法は多くの組織、細胞に応用されている。免疫電顕法にはいくつかの方法が用いられているが、なかでも凍結超薄切片を用いた免疫電顕法は、抗原に対する試料作製過程の影響の少なさ、超薄切片上で免疫染色を行うことから抗原の保存、露出の点で優れ、最も高感度な方法の一つである。しかし、実際には約100nm厚の凍結切片を作製することは容易ではなく、その利点に反して応用例は限られてきた。特に、細胞間質に乏しい神経組織では容易に切片が破断、破損してしまうため、安定して切片を得ることは非常に困難とされていた。

【方法】 我々は、凍結超薄切片法のより安定的な手技の確立のため、徳安法における各過程での切片の破断、破損の原因となる要素について検討した。

【結果・考察】 切片作製の成否を直接左右する以下の三つの過程、1)グリッドの親水化:適切に親水化処理された支持膜付グリッドへの切片の回収、2)切片回収:物理的衝撃を抑えた切片の回収法、3)切片包埋:適量の包埋液による切片の包埋、が重要であることを見いだした。これらの各過程で起こる不都合な現象について適切に対処することにより、神経組織においても、物理的な損傷の少ない、良好な形態の超薄切片が安定して得られた。さらに、このようにして得られた凍結超薄切片を用いると良好で安定した免疫電顕像が得られることを示した。ここでは、各条件についての検討結果と、本法により得られた組織像、免疫電顕像について報告する。

  本法により、特に困難とされていた神経組織においてもより安定的に凍結超薄切片を得ることが可能となり、免疫電顕法のみならず、他の組織化学的染色法への応用が期待される。

 

 

 


志賀毒素2型による中枢神経系における炎症性反応とアポトーシス

高橋清実1)、船田信顕2)、佐藤成大1)

1)岩手医科大学 医学部 細菌学、2) 都立駒込病院病理部

 

【目的】腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症における出血性大腸炎や溶血性尿毒症症候群では、EHECが産生する志賀毒素(Stx)とそのレセプターであるGb3/CD77の相互作用による血管内皮傷害と血栓性微小血管症が重要な役割を果たすと考えられている。しかし中枢神経系(CNS)傷害の病態生理はいまだ明らかではない。われわれはこれまでに、脊髄における組織傷害はGb3/CD77の発現と強く相関して起ることを報告した。一方、大脳・脳幹におけるGb3/CD77の発現は弱く、組織傷害の程度も軽度であったため、脳症へ進展増悪する機序は脊髄傷害のそれとは異なると推定し、今回の研究を行った。

【材料と方法】 (1)日本白色種ウサギ(雄、2.2?2.4kg)の左耳静脈から精製Stx2を投与後、経時的に臨床症状および病理組織所見を検討。(2) Gb3/CD77の局在;FITC標識抗CD77および抗CD31抗体/Rhodamine標識二次抗体による二重染色。(3) 炎症性反応の検討;GS Isolectin B4よる活性化ミクログリアの検出、炎症性サイトカインmRNAの相対的定量法による発現増強の検討。(4) TUNEL法による神経系細胞のアポトーシスによる細胞死の検討。

【結果】 (1) 脊髄灰白質ではGb3/CD77は大部分の血管内皮に強く発現しており、毒素による直接的な内皮細胞傷害とそれに続く血栓形成により広範な梗塞壊死を生じ、その結果上肢または下肢の麻痺を起こすと考えられる。(2) 大脳・脳幹ではGb3/CD77の発現は非常に弱く少数の血管に限られており、その他の神経系細胞には検出されなかった。また脊髄のような巣状の梗塞壊死はみられなかったが、神経細胞のアポトーシスは麻痺発症時すでに検出され、末期(数日後)にはさらに多くの神経細胞と、その他グリア細胞および血管内皮においてもTUNEL陽性細胞数は有意に増加した。(3)またStx2投与後、神経症状発現前のごく早期から活性化ミクログリアが多くの部位で検出され、さらに炎症性サイトカインmRNAの発現亢進--とくにTNF-αの大脳での過剰発現も同様に早期からみられた。

【考察】 大脳・脳幹における神経傷害は毒素による直接的な作用によるというよりも、Stxによる血管内皮傷害に対応したCNS実質内での炎症性反応が強く関与すると推測された。これらの所見はEHEC感染症におけるヒトの脳症の発症機序を解明する上で重要な知見と考える。今後は、抗サイトカイン作用等を持つ薬剤による治療的効果を検討したい。

 


副腎髄質細胞からのカテコールアミン分泌におけるHMG-CoA還元酵素阻害薬スタチンの効果とイソプレノイドの役割

 

高橋正1, 2)、立川英一2)、ムハマド・ムバラク・ホサイン1, 4)、吉岡芳親3)、水間謙三2、近藤ゆき子2、平英一2

岩手医科大学 1)先端医療研究センター、2) 薬理学講座、3) 超高磁場研究施設、4) ミシシッピー州立大獣医

 

【目的・背景】ドリコールはコレステロールとともにアセチルCoAからメバロン酸を介して合成されるイソプレノイドで、糖タンパク合成の糖キャリアとして働いている。内分泌組織に豊富に存在しているが、その生理意義はまだよく知られていない。一方、3-hydroxy-3-methylglutaryl CoAHMG-CoA)還元酵素はHMG-CoAのメバロン酸への変換を触媒し、それに続くイソプレノイド代謝を調節する重要な律速酵素である。抗高脂血症薬のスタチンはこの酵素を阻害し、コレステロール産生を抑制するため動脈硬化の防止(高コレステロール血症)に用いられ、しいては循環器系疾患発症の予防につながる薬物である。今回、内分泌器官の副腎髄質細胞からのカテコールアミン(CA)分泌に対するスタチン類の影響とCA分泌におけるイソプレノイドの役割を検証した。

【方法】ウシ副腎髄質細胞をスタチンあるいは脂質で72時間処理後、細胞をアセチルコリン(ACh)、または高カリウムで刺激し、分泌されたCAを定量した。また、細胞内Na+Ca2+の濃度変化をそれぞれの蛍光指示薬のSBFIFura IIを用いて測定した。

【結果・考察】1)今回用いたロバスタチン、ピタバスタチン、アトルバスタチン、フルバスタチン(FS)、すべてのスタチン類がAChによる細胞からのCA分泌を抑制した;2FSAChによる細胞内へのNa+Ca2+流入を低下させた;3FSと同時にコレステロールやドリコールを共存させ細胞を処理しても、FSCA分泌抑制活性は影響されなかったが、イソプレノイド中間代謝物のファルネシルピロリン酸やゲラニルゲラニルピロリン酸はFSの抑制活性を消失させた;しかし5)ファルネシルトランスフェラーゼおよびゲラニルゲラニルトランスフェラーゼ阻害剤はAChによるCA分泌に影響しなかった。

以上の結果はスタチン類がACh刺激による副腎髄質細胞からのCA分泌を抑制すること、そしてこの作用がスタチンの治療効果をさらに高めている可能性を強く示している。一方イソプレノイドがCA分泌に何らかのかたちで関与していることも示唆している。現在その詳細なメカニズムについて検討をすすめている。