第一回 岩手医科大学先端医療研究センター公開シンポジウム

 

 

21世紀,我々は脳にどこまで迫れるか!

 

 
 

 

 


ABSTRACT

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


日時 2001年 2 24日 (土曜日) 9:3015:30

場所 岩手医科大学 医学部 第1講義室(2号館5階)



 


 

 

挨拶 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 岩手医科大学理事長 大堀

 

岩手医科大学先端医療研究センターの意義と役割・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 岩手医科大学学長 小野

 

神経組織の機能と形態 9:50-10:50 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・座長 佐々木和彦 (岩手医科大学 生理学第一)

1 ヒト赤核の線維連絡の特異性

小野寺  (岩手医科大学 解剖学第二)

2 シナプス伝達の長期増強・抑制作用発現における細胞内シグナル伝達機構

木村眞吾,川崎 敏,高島浩一郎,佐々木和彦 (岩手医科大学 生理学第一)

3 薬用人蔘は効くのか?-自律神経系機能に対する作用-

立川英一 1,工藤賢三 1,樫本威志 1,高橋栄司 2 (岩手医科大学 1薬理学,2歯科内科学)

 

 

神経組織の病理的反応 (I) 10:50-11:50  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・座長 佐藤洋一 (岩手医科大学 解剖学第二)

4 虚血障害に伴う神経細胞の死とその回避

似鳥 徹,佐藤洋一1,唐沢康子 1岩手医科大学 解剖学第二.2大正製薬)

5 一過性低酸素負荷によるPC12細胞障害に対するニコチン性アセチルコリン受容体α7サブユニットの抑制機構

槍沢公明,長根百合子,阿部隆志,高橋 智,米沢久司,東儀英夫 (岩手医科大学 神経内科)

6 アルツハイマー病とフリーラジカル

阿部隆志,高橋 智,米澤久司,槍澤公明,東儀英夫 (岩手医科大学神経内科)

 

 

************************** 昼  食 11:50-13:00  **************************

 

 

神経組織の病理的反応 (II) 13:00-13:40  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・座長 佐藤成大 (岩手医科大学 細菌学)

7 抗トロンビン剤のラットの損傷脳に与える影響について -接着分子の発現と炎症性細胞浸潤の組織学的評価-

菅原 淳1, 2,鈴木倫保3,久保慶高2,吉田研二2,小川 彰2, 澤井高志1

(岩手医科大学 1病理学第一,2脳神経外科,3山口大学 脳神経外科)

8 腸管出血性大腸菌感染の中枢神経系に対する障害機序の解明とその治療および予防に関する研究

佐藤成大,平田陸正,稲田捷也,高橋清実,堤 玲子(岩手医科大学細菌学)

 

MRI/PETで見た神経組織  13:40-14:40 ・・・・・・・・・・・・・・・座長 世良耕一郎(岩手医科大学 サイクロトロンセンター)

9 神経損傷の客観的評価・修復過程の画像化に関する研究

井上敬 1,小川彰 2,土肥守 2,黒田清司 3,小笠原邦昭 2,(岩手医科大学 1超高磁場MRI研究施設,2脳神経外科, 3救急センター)

10 脳神経領域におけるMRI対応生体材料・医療機器に関する研究

松浦秀樹1,紺野広1,佐々木真理2,井上敬3,小笠原邦昭1,土肥守1,小川 彰1,下唐湊俊彦4

(岩手医科大学 1脳神経外科,2放射線医学,3超高磁場MRI研究施設,4京セラ株式会社)

1 [11C]コリン自動合成装置の作製とPET薬剤としての生物学的評価

寺崎一典,世良耕一郎 (岩手医科大学 サイクロトロンセンター)

 

14:40-15:20・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・東儀英夫(岩手医科大学 神経内科学)

2 超高磁場MRIを用いた灰白質の画像解析

佐々木真理,及川博文,及川浩,玉川芳春 (岩手医科大学 放射線医学)

3 超高磁場MRIを用いた大脳白質病変の形態学的研究

鈴木 満1,北畠顕浩1,川村 1,安田 1 間藤光一1,奥山  1,佐々木由佳1,佐々木克也2

(岩手医科大学 1神経精神科学,2眼科学)

 

まとめと展望 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 先端医療研究センター長 東儀英夫


 

1 ヒト赤核の線維連絡の特異性

小野寺  (岩手医科大学 解剖学第二)

 

【研究目的】

最近のfMRIの研究は,ヒトの高度に発達した認知・言語機能に関与して活動するのは大脳皮質の連合野のみならず,外側小脳半球も同時に活動している事を示している。言い換えれば,小脳は運動学習に与かるだけでなく,認知・言語などヒト特有の高度の精神活動にも関与する可能性あるということであり,この機能は大きな興味を引いている。外側小脳半球の機能は,赤核−下オリーブ核−外側小脳半球の投射によってコントロールされており,赤核の線維連絡を明らかにすることは,ヒトの精神活動を考慮する上で必用なことと思われる。

 

【背景】

赤核は一般に大細胞性部(赤核脊髄路)と小細胞性部(赤核オリーブ路)より成る。特にヒトの赤核は小細胞性部のみより成り,大細胞性部は痕跡的であることが古くから知られている。それにも関わらず,未だに臨床,生理,解剖の教科書で,赤核の項目においては赤核脊髄路の説明がメインに構成されており,ヒト赤核の本体である小細胞性赤核についての説明は全く成されていない。これはこれらの赤核のデーターが大細胞性赤核の発達したサル,ネコ,ラットなどの実験動物の所見に基づいて記載されているためである。

小脳の研究は,神経科学において解明の進んでいる数少ない領域であるにもかかわらず,小脳機能に密接に関与する赤核オリーブ投射については,その詳細な線維連絡や機能については未だに何も分っていないのが現状である。本シンポジウムでは,比較解剖学的に赤核の線維連絡を概説し,ヒトに特異的な構造を明らかにする。

 

【結果と考察】

小川はネコなどの四足哺乳動物において見られる赤核は大細胞性赤核に相当し,小細胞性赤核に相当するのは下オリーブ核へ投射するDarkschewitsch核,Cajal間質,Forel野核より成る複合核であり,これらの核を総称して“小川の小細胞性赤核”としてヒトの赤核に相当するものとして扱うべきであるという仮説を提唱した。この概念は戦前から成された小川の比較神経解剖学的研究(ネコ,イヌ,ウサギ,サル,タヌキ,アライグマ,オットセイ,トド,アザラシ,イルカ,クジラ)に基づいて成されたものである。戦後,小川はこれら赤核の研究による優れた業績が認められて1956年学士院賞を授与された。

この“小川の小細胞性赤核”についての通説は,その後それ以上の進展は見られなかった。私が,神経解剖学の世界に踏み込んだ70年代末は,HRP法,ARG法といった軸策流を利用した標識術が開発された時期で,私はこの小川の通説を検証するため,これらの標識法を用いてネコの間脳・中脳領域から下オリーブ核への投射について研究を始めた。その結果,ネコのDarkschewitsch核は内側副オリーブ核吻側半へ,Cajal間質核とForel野核は共に内側副オリーブ核の尾側半へ,Bechterew副核は主オリーブ核腹側板へ,小細胞性赤核背内側亜核と腹外側亜核は主オリーブ核背側板の吻側半と尾側半へそれぞれ限局的に投射することを明らかにできた。これにより,ヒトの小細胞性赤核に相当するのは,小川の主張する下オリーブ核へ投射する全ての核ではない事が明らかとなった。則ち,ネコのDarkschewitsch核, Cajal間質核,Forel野核はおもに副オリーブ核へ投射するため,小細胞赤核の概念から除かなければならない事,主オリーブ核へ投射するネコのBechterew副核と小細胞性赤核背内側亜核・腹外側亜核のみがヒトの小細胞性赤核に相当する事を結論できる。その後,Darkschewitsch核−内側副オリーブ核投射のなかに,更に細かい局在性投射を証明した。

これまで私が積み重ねてきた所見からつくりあげた小細胞性赤核の概念は,従来無批判に信奉されてきたモデルとは異なったものとなった。現在,この新たな概念を基にして,ヒト赤核の形態と高次精神機能の関連を考察している。MRIの解像度が飛躍的な改善が見られる今日,ヒトの赤核の機能をあらたな視点から見直さなくてはいけないと思われる。

 

 

 


2 シナプス伝達の長期増強・抑制作用発現における細胞内シグナル伝達機構

木村眞吾,川崎 敏,高島浩一郎,佐々木和彦 (岩手医科大学 生理学第一)

 

背景と目的

脳の神経回路網を構成する一個のneuron は多数のシナプス入力を受けており,これらを統合して出力として出すことがneuronの基本的機能である。そしてこれらのシナプスにおけるシグナル伝達効率の短期的,中期的,或いは長期的変化が学習や記憶等の脳のシナプス可塑性をもたらすと考えられている。更に敷衍するなら脳の機能的老化もシナプス機能の変化による。我々はこれまでにシナプス伝達の中でも特にシナプス後部膜における受容体応答の増強や抑制作用に焦点を絞ってその細胞内機構について研究してきた。これらの中心となる細胞内機構はシグナル蛋白同士の相互作用とこれらの蛋白分子のリン酸化・脱リン酸化による機能的変化であると考えている。本シンポジュウムではAplysia神経節細胞を用いて最近明らかにされた知見について紹介したい。

 

方法

摘出したAplysia 神経節を灌流下,表面を覆っている結合組織を取り除き細胞を露出させた。二本のガラス微小電極を単一の細胞に刺入して通常の膜電流固定法又は膜電位固定法下,種々の伝達物質を投与して受容体刺激した場合に発生する電位応答又は電流応答を指標とした。第三の電極に種々の試薬又は蛋白を充填した後,同じ細胞に刺入して細胞内投与してこれらの試薬の効果を見た。また,一部の試薬は細胞外からも投与した。

 

結果

1)       quisqualic acid (QA)受容体応答のprotein kinaseprotein phosphatase による調節:

glutamate 受容体は我々の脳の中でも最も多い。これらはionotropic receptor metabotropic receptorに大別される。ionotropic receptorは殆どの場合興奮性である。今回Aplysia 神経節においてionotropic receptor agonistであるQA投与によりK+ channelが開く新しいtypeの受容体応答を見出した。この応答は薬理学的には従来のAMPA-type に類似しているが温度依存性を調べるとmetabotropic receptorの性質を持つ。また,Ca2+ calmodulin (CAM) 阻害剤投与で長時間にわたり増大し,serine/threonineprotein phosphatase阻害剤ではこの増大作用が抑えられた。詳細な検討の結果,この応答はCAM Kinase IIにより抑制的にまたprotein phosphatase 2Aにより促進的に調節を受けている事が推論された。

2)       serotonin (5HT)による内向き電流応答に対する単量体型G蛋白Rhoによる増強作用:

最近,単量体型G蛋白は細胞機能発現の種々のステップで多彩な働きをしている事が認識されだした。中でもRhoは細胞の運動,形態変化や平滑筋収縮の増強等,主にactin-myosin相互作用の関わる細胞機能でその調節を行っている。脳にはRhoが豊富に存在することが知られているが,必ずしも上記の機能のみを担っているとは限らない。Aplysia 神経節細胞には5HT投与によりコレラ毒素感受性の三量体型G蛋白が活性化してNa+電流を発生する細胞がある。この細胞内にGTP analogGTPgammaSを投与するとこの応答は一過性に増大し,一方,Rhoeffectorとのcouplingを選択的に阻害するC3 exoenzymeを細胞内投与すると抑制された。また,活性型のmutant Rhoを細胞内投与すると増強された。Rhoの下流に続く酵素としてRho-kinaseが想定されたがこの阻害剤では上記効果は抑制されなかった。Rhoは上記5HT応答の増強を担っていると推論した。

 

考察と今後の展望

上記1)のCAM Kinase IIprotein phosphatase 2AQA受容体刺激で活性化するのか,他の伝達系により活性化されるのか,同様に 2)のRho5HT 受容体刺激で活性化されるのか他の伝達系により活性化されるのかについては目下の所不明である。我々は上記の様な事が温血動物脳でも起きていると考えており,現在  rat脳スライス標本を用いて実験を進めている。また,正常マウスと老化マウス,或いは病態モデル動物脳を用いたシナプス機能の比較検討実験も企画中である。

 

 

 

 


3 薬用人蔘は効くのか? 自律神経系機能に対する作用

立川英一,工藤賢三,樫本威志,高橋栄司 (岩手医科大学 1薬理学,2歯科内科学)

 

【目的】

薬用人蔘は古来から不老長寿の妙薬としてばかりでなく,各種疾病に対する予防薬として使用されている。また,多数の漢方薬に一生薬成分としても処方されている。しかし前者のような曖昧な薬効に対して,また漢方薬に占める役割についても科学的なメスは最近まで入られていない。私たちは薬用人蔘が本当に生体機能に影響する薬理学的効果を持っているのか,検討を続けている。去年9月からこの先端医療研究センターのプロジェクトに加えていただいた。それ故,これから取りかかる私たちの研究テーマである「神経伝達物質合成,遊離,受容体の加齢による量的,質的変動とそのメカニズム及びそれに関わる創薬」の基礎研究となる,薬用人蔘のin vitro研究の一端を今回紹介する。それは薬用人蔘の自律神経系機能に対する薬理効果を交感神経系モデルの副腎髄質細胞からのカテコールアミン(CA)分泌を指標に検討したものである。

 

【方法】

牛副腎髄質をコラゲナーゼ処理,得られた細胞を4日間培養し,実験に使用した。

 

【結果】

最初に薬用人蔘が副腎髄質細胞からのCA分泌に影響を及ぼすのか,薬用人蔘エキスの効果を調べた。エキスはアセチルコリン(ACh)刺激による細胞からのCA分泌を抑制した。次に薬用人蔘成分を大きくサポニン画分とサポニンが含まれていない非サポニン画分の2つに分けた。非サポニン画分はAChによるCA分泌にはまったく影響せず,サポニン画分が強く分泌を抑えた。薬用人蔘サポニンはジンセノサイドと呼ばれ,30種以上存在が知られている。化学構造の基本骨格からプロトパナキサジオール,プロトパナキサトリオール,そしてオレアノール酸系の3つのグループに分類される。これらグループ中,代表的な14種類のジンセノサイドのCA分泌抑制活性を調べたところ,トリオール系サポニンが強い活性を示したのに対し,ジオール系のそれは弱く,オレアノール酸系はまったく活性を示さなかった。副腎髄質細胞からのCA分泌は主に次の過程でおこる:1) 内臓神経終末(交換神経節前線維)より遊離されたAChが髄質細胞膜上のニコチン性ACh受容体に結合する。この受容体は陽イオンチャンネル内蔵型でAChが結合するとチャンネルが開き,;2) 細胞外Na+が細胞内へ流入し,細胞が脱分極する;3) これにより,電位感受性Ca2+チャンネルが開き,細胞外Ca2+が流入,細胞内のCa2+濃度が上昇する;その結果,4) 分泌顆粒中に貯蔵されているCAが開口放出される。トリオール系サポニンはニコチン性ACh受容体陽イオンチャンネルをブロックし,Na+流入を阻害した結果,最終的にCA分泌を抑制した。

 

【考察と今後の展望】

この研究は,薬用人蔘には生体機能に影響を与える(薬理作用を持つ)物質が存在すること,その本体がサポニンであり,ニコチン性ACh受容体陽イオンチャンネルに作用することを示している(J. Pharmacol. Exp. Ther. 273, 629-636, 1995)。さらに私たちに加え,他の研究者もジンセノサイドが別の数種の神経伝達物質受容体刺激に抑制的に働くことも見つけている(Eur. J. Pharmacol.369, 23-32, 1999)。このようにジンセノサイドはいろいろな神経伝達物質受容体に影響するが,これらの作用が果たしてどの程度生体に投与された薬用人蔘の薬効に結びついているかは,ジンセノサイドの体内動態も含め今後の検討が必要である。しかし,これら薬用人蔘の効果は加齢やそれに伴うストレスによる脳神経損傷の防禦や修復に応用できる可能性を秘めている。

 

 

 


4 虚血障害に伴う神経細胞の死とその回避

似鳥 徹,佐藤洋一,唐沢康子 1岩手医科大学 解剖学第二.2大正製薬)

 

【背景と目的】

虚血に伴い,神経組織は細胞死を引き起こすが,その形態には種々のものが含まれている。necrosisapotosisiかを明らかにすることは,細胞死を防ぐ治療手段を考える上で必用なことであろう。そこで,神経細胞死を招来する実験モデルで,細胞がどのような変化を来すか,電子顕微鏡やTUNEL法を用いて検討した。

 

【実験1】

虚血に伴う神経細胞の死は一般的に壊死necrosisによると考えられてきた。中でも海馬CA1錐体細胞は虚血に対して特に脆弱であり,5分間の短時間虚血に対しても,虚血・再還流後日〜日の経過後に遅延性の細胞死に至ることが報告されている。その細胞死の形態がどのようなものか,この過程をスナネズミの短時間虚血モデルを用いて検討したところ,CA1錐体細胞は,1) 虚血日後までに自己融解小体の形成を伴う細胞質の縮小化を示すこと,2) 虚血日後からTUNEL陽性の核DNAの断片化を示すこと,3) 電顕的にも核クロマチンの凝集形態像を呈し,その一部が分離してアポト−シス小体を形成すること,4) 虚血日後にSouthern blot法でDNAのオリゴヌクレオゾ−ムへの断片化を示すladdering様式をとること,5) 最終的にミクログリアにより貪食処理されることが分かった。これらの結果より,このモデルにおける神経細胞の死はapoptosisが主体であることが強く示唆された。

 

【実験2】

更に,中大脳動脈(MCA)枝の永久閉塞により局所性脳虚血を施したSHRSPラットの大脳皮質虚血中心巣及び虚血周囲領域 (penumbra) に見られる神経細胞死について,死の機構及び神経膠細胞との関連を検討した。虚血中心領域は虚血負荷後時間で既に陥凹梗塞巣状に変化し,中心巣の神経細胞はTUNEL反応陽性でDNAの損傷を伴う核の膨化,細胞膜や細胞内小器官を構成する膜系の粉砕といったnecrosisの形態を示していた。penumbra領域の皮質神経細胞は虚血後2時間で変性形態を示し始めているが,時間後では細胞全体が大きく膨化して明らかにnecrosisに陥った細胞と,細胞内小器官は正常であるが細胞基質が濃染し,細胞全体の萎縮を示す細胞が混在して観察された。後者の細胞は虚血後24時間からTUNEL陽性反応を示す様になり,最終的に食細胞により貪食処理されること等から,その死はapoptosisであると考えられた。

  

【実験3】

私達はスナネズミの短時間虚血モデルにおける細胞死機構の解析を元に,血管拡張因子であるTTC-909の虚血直後投与実験を行い,虚血後3日〜7日後の海馬においてTTC-909が神経細胞に及ぼす影響について検討した。その結果,特にTTC-909(500 ng/kg, i.v.)を投与した虚血後3日群において,CA1錐体細胞の細胞質の萎縮及びTUNEL陽性の核DNAといったapoptosis発動を示す細胞死シグナルの明らかな減少が認められ,この薬剤が虚血後の神経細胞に幾許かの延命効果を与える神経防御効果を持つ可能性が示唆された。

 

【結論】

以上の結果が示す様に,虚血障害に伴う神経細胞死の機構は画一的ではなく,細胞死の回避を検討する上でも,各々の障害の種類と程度及び侵襲部位に応じた十分な形態学的検索が重要であると思われる。また,多様な神経細胞死の形態はその過程が複数のパラメータによって制御されている事を示唆している。従って,効果的な細胞死抑制効果を得るためには,今回検討した血管拡張剤に加え,より多くの薬剤を複合的に使用する必要性があるかもしれない。今後はどのようなパラメータが関与しているか,in situ hybridizationなどを用いて検討を加える予定である。

 

 

 

 

 


5 一過性低酸素負荷によるPC12細胞障害に対するニコチン性アセチルコリン受容体α7サブユニットの抑制機構

槍沢公明,長根百合子,阿部隆志,高橋 智,米沢久司.東儀英夫(岩手医科大学神経内科)

 

【背景と目的】

中枢性のニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)のうちα7サブユニット(α7nAChR)は速やかに開閉するCa2+チャンネル型受容体であり興奮性神経伝達の調節や神経回路の維持に関与していると考えられている。一方,培養細胞を用いた検討では,ニコチン投与が主にα7nAChRを介する作用により栄養因子欠乏,アミロイドβ蛋白,グルタメートなど様々な原因による神経細胞障害を抑制すると報告されている。しかし,この細胞保護作用の発現にはニコチンによる数時間のpre-incubationを必要とすること,ニコチンを一度培地に加えるとその保護効果は7日間以上継続することなど,従来から知られるα7nAChRの速やかに開閉するCa2+チャンネルとしての機能のみでは理解困難な特徴が観察されている。また現在まで,このα7nAChRの神経保護作用は,ニコチンの神経保護作用がα-bungarotoxinにより抑制されることに基づき推測されているに過ぎない。そこで我々は,低酸素性神経細胞障害に対するα7nAChRの保護作用を明らかにするため,α7nAChR過剰発現細胞を用いて検討している。

 

【方法】

ラット脳cDNAライブラリーからα7サブユニット遺伝子をRT-PCR法で増幅,pCMV-Tag4ベクターにライゲーションし大腸菌で増幅した。full-sequenceを確認しコロニーを選択,得られたプラスミドをPC12細胞に導入(α7pCMV細胞)した。PC12細胞,α7pCMV細胞をそれぞれニコチン添加群(N+群)と非添加群(N?)に分け,低酸素負荷(O2: 2%, 12h)0612244872hに回収した。propidium iodide(PI)染色とTUNEL法により細胞膜障害とDNA断片化をそれぞれ経時的に観察し,抗Akt,抗リン酸化Akt抗体を用いたWestern blottingを行った。

 

【結果】

低酸素負荷直後から72h後まで漸増(PC12N-: 34%)したPI陽性細胞比率はα7pCMV細胞 N+(11%)PC12細胞N+群(19%)の順に抑制された。負荷後24hから72hまで増加(PC12N?: 46%)したTUNEL陽性細胞比率はα7pCMV細胞 N+群(13%),α7pCMV細胞N?(16%)PC12細胞N+群(29%)の順に抑制された。 PC12細胞ではリン酸化Aktが低酸素付加後6-24hをピークに誘導された。α7pCMV細胞ではPC12細胞に比しAktの発現が負荷前より亢進しておりリン酸化Aktのより強い誘導が0-72hの間持続していた。

 

【考察】

α7nAChRによる神経保護機構にはリガンドとの相互作用によるものと自身のup-regulationが関与するものがあり,それぞれ細胞膜障害と核断片化を主に抑制する。後者はAkt蛋白増加と,これによりさらに促進するAkt活性化を一部介している。

 

【今後の展望など】

α7nAChRの過剰発現により生じる培養神経細胞の形質変化についてさらに詳しく検討する予定である。

 

 

 


6 アルツハイマー病とフリーラジカル

阿部隆志,高橋 智,米澤久司,槍澤公明,東儀英夫 (岩手医科大学神経内科)

 

研究目的】

アルツハイマー病 ( AD )の発症機序はいまだ解明されていないが,一因として活性酸素種や活性窒素種による神経細胞の酸化的障害が想定されており,酸化的ストレスとその防御機構のバランスの破綻がADの神経変性過程に関与する可能性が高いと考えられている。

本研究では,ADの発症機序や病態にフリーラジカルが関与するか否かを検討する目的で,髄液中の3-nitrotyrosineglutathion,α-tocopherolおよびその関連物質濃度を測定した。

 

【対象および方法】

未治療AD患者( 年齢:5279歳,羅病期間:0.510年,Mini-Mental State Examination ( MMSE ) score4.022.0 )およびage-matchさせた神経疾患を有さない正常対照群を対象とし,腰椎穿刺で得られた髄液中の3-nitrotyrosine ( 3-nitrotyrosine3-NTtyrosineTyr )glutathion ( GSHGSSG ),α-tocopherol (α-tocopherol;α-TOH,α-tocopherolquinone;α-TQ )濃度を高速液体クロマトグラフィー・クローケム電気化学検出器 ( HPLC-ECD )を用いて測定した。

 

【結 果】

113-NT濃度 ( nM )が,正常対照群1.6±0.5に比しAD11.4±5.0で有意に増加していた( p<0.0001 )。また,3-NT/Tyr ( ×10-4 )も正常対照群2.7±0.9に比しAD18.7±8.7で有意に増加していた ( p<0.0001 )Tyr濃度 (μM )は,正常対照群6.0±0.2AD6.1±0.7で有意差を認めなかった。

   2)痴呆スケール ( MMSEscore )3-NT濃度および3-NT/Tyr比との間に有意な負の相関を認めた( rs= -0.51p<0.005rs= -0.52p<0.005 )

 

21GSH濃度 ( nM )が,正常対照群85.5±22.3に比しAD61.4±13.0で有意に減少していた( p<0.01 )GSSG濃度 ( nM )は,正常対照群20.6±5.4AD16.3±4.9で有意差を認めなかった。

   2)痴呆スケールとGSHおよびGSSG濃度との間に有意な相関は認めなかった。

 

31)α-TOH濃度 ( nM )が,正常対照群23.4±8.1に比しAD12.8±7.3で有意に減少していた( p<0.001 )。αTQ濃度 ( nM )は,正常対照群7.2±2.8AD7.7±7.3で有意差を認めなかった。

   2)痴呆スケールとα-TOHおよびαTQ濃度との間に有意な相関は認めなかった。

 

【結 論】

ADでは,一酸化窒素 ( NO )とくにperoxynitrite ( ONOO-  )の生化学的マーカーである3-NT濃度および3-NT/Tyr比が正常対照群に比べ有意に増加していた。また,痴呆スケールとこれらとの間に有意な負の相関を認めた。一方,フリーラジカルスカベンジャーであるGSHおよびα-TOH濃度は正常対照群に比し有意に減少していた。

以上の結果より,ADではNOより生成される神経毒性の強いperoxynitriteの産生が亢進しており,ADの発症機序や病気進行にperoxynitriteが強く関与していることが示唆された。また,ADではGSHおよびα-TOHによる抗酸化機能も低下しており,peroxynitriteなどの酸化的ストレスによる神経細胞障害をより一層増強させている可能性も示唆された。

 

 

 


7 抗トロンビン剤のラットの損傷脳に与える影響について -接着分子の発現と炎症性細胞浸潤の組織学的評価-

菅原 淳1, 2,鈴木倫保3,久保慶高2,吉田研二2,小川 彰2, 澤井高志1

(岩手医科大学 1病理学第一,2脳神経外科,3山口大学 脳神経外科)

 

【背景と目的】

 脳損傷に引き続いて起こる出血では凝固系が活性化され,トロンビンが産生される。トロンビンは血液凝固反応のみでなく,炎症,血管,神経学の分野など作用が多岐にわたっている。これまで我々は,トロンビンの中枢神経組織への関与に着目し,ラット基底核に高濃度トロンビンを持続注入する実験モデルを用いて,炎症性細胞の集簇,グリア反応,間葉系細胞の増殖,血管新生がトロンビンによって引き起こされ,トロンビンが組織修復と同時に濃度によっては有害的な作用することを証明してきた(Nishino et al. J. Neurotrauma 10 (2), 1993)。さらに,抗トロンビン剤を投与することにより,脳損傷部位近傍における炎症性細胞の浸潤が抑制され,炎症反応に引き続いて起こる二次的脳損傷の抑制がみられることを報告してきた(Motohashi et al. J. Neurotrauma 14 (10), 1997: 久保ら. 炎症 18(6), 1998: Kubo et al. J. Neurotrauma 17 (2), 2000)。本研究では,ラット脳損傷モデルに対して選択的抗トロンビン作用を有するアルガトロバンを投与することにより,トロンビンの炎症作用の機序を@炎症性細胞の集簇の状態,A血管内皮と炎症性細胞に発現する接着分子の程度について解析した。今回,着目した接着分子は,白血球の血管内皮細胞へのstickingの過程で主要接着経路とされているIntercellular adhesion molecule(ICAM)-1と,そのリガンドで白血球の細胞表面に発現するMac-1である。

 

【方法】

200-250gの雄SDラット43匹にペントバルビタ-ル腹腔内麻酔後,無菌操作でbregmaから外側3.5mm,後方0.2mmに約3mmの小開頭を設けた。顕微鏡下に皮質ならびに皮質下切創を加え,止血終了後にゼラチンを留置し,生理食塩水(以後,生食群),濃度0.5μg/mlのアルガトロバン生理食塩水希釈液(以後,アルガトロバン群)20μl滴下した。脳損傷作成4244872120時間後に灌流固定を行い,凍結切片を作製してHEならびに免疫染色を施行した。HE染色では辺縁に遊走してくる多核白血球,免疫組織化学的には抗ラットMo/MFマウスモノクローナル抗体を用いて単球系細胞,抗ラットICAM-1 マウスモノクロナール抗体によるICAM-1陽性血管,抗ラットCD-11b マウスモノクロナール抗体によるICAM-1のリガンドであるMac-1を同定した。なお,抗ヒトCD34 ヤギポリクロナール抗体による組織中にみられる総ての血管についても検討した。染色後の評価は創縁周囲に関心領域を20箇所設定し,1)多核白血球,2)単球系貪食細胞,3Mac-1陽性細胞,4ICAM-1 陽性血管,5CD34陽性血管の数の時間経過を生食群とアルガトロバン群で比較検討した。 

 

【結果】

 アルガトロバン群は対照群に対して,創縁周囲における多核白血球,単球系細胞,Mac-1陽性細胞の集簇とICAM-1 陽性血管の発現を有意に抑制した。CD34による創縁周囲の全体の血管では差は見られず,この結果,ICAM-1(+)/CD34(+)は術後244872時間で有意の減少を認めた。

 

【考察及び今後の展望】

 抗トロンビン剤は脳損傷部位近傍において,血管の内皮細胞に発現する接着分子,ICAM-1を抑制することにより炎症性細胞の浸潤を抑え,その結果,急性炎症に引き続いて起こる二次的脳損傷を抑制することが示唆された。

 

 

 

 


8 腸管出血性大腸菌感染の中枢神経系に対する障害機序の解明とその治療および予防に関する研究

佐藤成大,平田陸正,稲田捷也,高橋清実,堤 玲子(岩手医科大学細菌学)

 

【背景と目的】

腸管出血性大腸菌 (entrohemorrhagic E. coli: EHEC) の感染による溶血性尿毒症症候群 (hemolytic uremic syndrome:HUS) や脳症の発症機序にはEHECの産生するベロ毒素が中心的な役割を担っていると考えられている。しかし,ベロ毒素による組織障害については,エンドトキシンやサイトカインなど複数の因子が関与している可能性が高い。このような背景のもとに,我々はEHEC感染の中枢神経系に対する障害機序の解明に焦点を当て,HUSや脳症の治療法および予防法に関する戦略を確立することを目的に研究をおこなってきた。

 

【方法】

(1)   ベロ毒素の定量: Vero 細胞培養系にAlamarBlue を添加し,その発色経過を測定することにより,バイオアッセイを数値化し,ベロ毒素の細胞障害単位を客観的に判定できる系を確立する。

(2)   定量的PCR (QPCR) 法によるVT1およびVT2 遺伝子の定量: QPCR法によりVT1およびVT2 遺伝子の定量を行い,菌の増殖や毒素産生に影響を与える諸因子の解析をおこなう。

(3)   血中IL-8 および顆粒球エラスターゼの測定: HUS 症例および非HUS 症例の血中IL-8 および顆粒球エラスターゼを測定し,顆粒球の活性化について検討する。

(4)   ベロ毒素の好中球活性化の測定:健康成人のヘパリン加血液にリコンビナントベロ毒素またはLPS を加え,サイトカイン産生,接着分子発現をフローサイトメーター (FACSCalibur, Becton Dickinson) を用いて検討する。

(5)   アナンダマイド等の好中球活性化および神経細胞に対する影響の検討:アナンダマイド/2AGの白血球活性化および培養神経細胞等に対する影響を炎症性サイトカイン,顆粒球エラスターゼ,接着分子などの測定により検討する。

(6)   抗ベロ毒素抗体および抗O157LPS抗体測定系の確立:ベロ毒素およびO157LPSに対する抗体産生を測定するためのELISA系を確立する。

(7)   感染モデルマウスに対する抗菌蛋白CAP18ペプチドの防御効果の検討:E.coli O157 を無菌マウスに感染させ,感染後CAP18ペプチドを投与し,生残率,血中TNF-α およびLPS 濃度の測定をおこなう。

 

【結果】

(1)AlamarBlue 添加測定系は高感度で毒素量および細胞感受性を客観的に測定できることが明らかになった。(2)QPCR 法により103 ~106 / ml で細菌数の測定が可能とり,菌株によりベロ毒素の産生量に違いがあることが示された。(3)敗血症末梢血白血球はLPS刺激に対しIL-8IL-1ra,好中球エラスターゼを強く産生し,好中球活性化とショック,多臓器不全との関係が示唆された。(4)ベロ毒素は顆粒球表面のCD77に結合し,顆粒球を活性化させ,IL-1raIL-8IL-6TNF-αの産生を誘導することが明らかとなった。(5)アナンダマイドは白血球からIL-8 の産生を誘導するが,その他の炎症性サイトカインは誘導しないことが示された。(6)血清型に特異的なELISAシステムが開発され,抗BSA抗体などの非特異的反応を除去することが可能となった。(7)CAP1827残基ペプチド・アミノ酸置換体を投与すると40~60% のマウスが生残した。HUSや脳症などにはベロ毒素のみならずLPSも関与していることが示唆された。

 

【今後の展望】

これらの研究結果を踏まえ,実験動物モデルや症例においてさらに詳細な検討を加えてゆく。

 

 

 


9 神経損傷の客観的評価・修復過程の画像化に関する研究

井上 1,小川 2,土肥守 2黒田清司 3,小笠原邦昭 2

(岩手医科大学 1超高磁場MRI研究施設,2脳神経外科, 3救急センター)

 

【背景と目的】

  これまで臨床的には中枢神経損傷は非可逆的と考えられていた。近年機能的MRI等の非侵襲的脳機能評価が可能になり中枢神経系の可塑性が評価可能となってきた。本プロジェクトでは最終的に超高磁場MRIにて神経損傷の客観的評価・およびその修復過程を画像化することを目的とする。そのための基礎データとして,超高磁場MRIでの高解像度解剖画像,神経線維画像,脳灌流画像,機能的MRIの臨床的有用性を検討した。

 

【方法】

装置はGE3.0テスラMRI装置を使用した。対象は正常ボランティアおよび頭蓋内に疾患を有する症例とした。高解像度解剖画像はT2強聴画像・プロトン強調画像・STIR画像を撮像した。神経線維画像は拡散強聴画像を撮像し,3DAC画像および拡散テンソル画像を作成した。脳灌流画像は脳血液量および脳血流量を相対的に画像化した。機能的MRIは手掌握運動にて中心溝の同定を,言語賦活にて言語優位半球の同定を試みた。

 

結果】

  高解像度画像ではこれまで臨床機では困難であった脳神経の描出,大脳基底核と病変との関係が描出可能であった。3DAC画像および拡散テンソル画像では大脳投射線維,交連線維が描出可能であり,血行再建術術前後で臨床的改善度と描出度に相関がみられた。脳灌流画像では造影剤を使用せずに脳血流量の相対値が画像可能で,RIを使用したこれまでの手法での結果と一致した。機能的MRIでは中心溝・言語優位半球ともに同定可能であったが,意識障害を有する症例においては撮像自体が困難であった。

 

【考察及び今後の展望】

高解像度画像では現在数百ミクロンの解像度であるが,今後脳血管璧等の描出には受信コイルの作成などのハードウェア的な改善を要すると考えられた。神経線維画像ではこれまで術前後での評価を行った報告はなく,本プロジェクトにおいて経時的な評価を行う予定である。脳灌流画像は造影剤やRIを使用しない利点はあるものの撮像枚数に制限があり,今後三次元撮像の導入で全脳を撮像する予定である。機能的MRIは今後神経症状の推移とともに撮像することで,発症早期に予後推定可能となると考えられる。さらに動物実験の追加・病理所見との対比を行うことにより,超高磁場MRIによる神経損傷の客観的評価が可能になると考えられる。

 

 

 

 


10 脳神経領域におけるMRI対応生体材料・医療機器に関する研究

松浦秀樹1,紺野広1,佐々木真理2,井上敬3,小笠原邦昭1,土肥守1,小川 彰1,下唐湊俊彦4

(岩手医科大学 1脳神経外科,2放射線医学,3超高磁場MRI研究施設,4京セラ株式会社)

 

【目的】

近年のMRIの高磁場化.open MRIの普及に伴い.MRI撮影時におけるアーチファクトの問題や手術機器の磁性の問題が注目されており.新たな生体材料.手術機器の発展が望まれている。今回我々は脳神経領域における新たな生体材料.手術機器の開発を目的とし.現在脳神経領域の臨床で使用されているチタン.セラミックス.高分子等の各種素材のMRI撮影時のアーチファクトを一定条件のもと定量的に評価するための基礎的実験を行った。

 

【方法】

今回評価した対象材料は.現在使用されている材料に加え.新しい材料として考えられる物も含めたセラミックス材料4種類.金属材料5種類.高分子材料2種類の計11種類。材料の形状はφ2×20mmに統一した。対象材料の撮像には0.5T, 1.5T, 3.0Tの異なる磁場強度を有する3種類のMRIを使用した。撮影方法は各撮影シーケンスでFOV 20×20cmBand width 16kHzMatrix 256×192.スライス厚5mm.スライス間隔2mmと共通にし.

spin echo T2WI(TR/TE/NEX:2000/80/2. 1.5T,3.0TNEX1)

2D-SPGR T1WI(TR/TE/FA/NEX:100/9/45/4)の2種類の撮影シーケンスを選択し.axial撮影を行った。対象材料は寒天溶質に埋入し.周囲空気と遮断し.またMRI撮影時の磁力による材料の移動が起こらないようにした。対象材料は全て静磁場と平行に置き撮影した。それらのMRI撮影により得られた画像上のアーチファクトを比較検討した。

 

【結果】

対象材料のアーチファクトは磁場強度に依存して強くなる傾向にあった。撮影シーケンスにおいてはspin echo T2WIより2D-SPGR T1WIの方がアーチファクトは強くなる傾向にあった。金属材料と比較して.セラミックス材料.高分子材料は磁場強度.撮影シーケンスにかかわらずアーチファクトが小さかった。

 

【結論】

アーチファクトが磁場強度に依存して大きくなること.及びspin echo法より2D-SPGR法の方がアーチファクトが強くなること等の既存の知見が各種生体材料に当てはまることが確認できた。セラミクス材料.高分子材料は現在使用されている各種金属材料と比べアーチファクトの面からは.MRI適合性が高い素材といえる。

 

 

 


11 [11C]コリン自動合成装置の作製とPET薬剤としての生物学的評価

寺崎一典,世良耕一郎 (岩手医科大学 サイクロトロンセンター)

 

【背景と目的】

 これまで癌診断のためのPET用トレーサとして[18F]FDG (フルオロデオキシグルコース) [11C]メチオニンが用いられてきた。特に,FDGはクリニカルPETの発展にとって重要な役割を担っている。近年,[11C]コリンがよりコントラストのよい画像を提供し,脳腫瘍や骨盤部腫瘍などFDGでは検出が困難な腫瘍に対しても有効であることが報告され,徐々にその臨床応用が始まってきた。

従来,[11C]コリンの合成はガラス製反応容器を用いて液相中で行われ,加熱,冷却および濃縮の機能が必要とされてきた。今回,より簡便で実用性の高い合成法および装置の開発を目的とし,オンカラム合成法に基づいた[11C]コリン自動合成装置を製作した。また,自動化に適する反応緒条件と前駆物質を低減させる方法を検討した。

 

【方法】

 新たに[11C]コリン合成装置を設計・製作し,既存の[11C]ヨウ化メチル合成装置を加え,製造システムを構築した。合成法は,C18または陽イオン交換Sep-Pakカートリッジ(Waters)に前駆体である2-ジメチルアミノエタノールを予め注入しておき,その後[11C]ヨウ化メチルを導入,標識反応させ,エタノールおよび水で洗浄した後,生理食塩水で溶出して[11C]コリン注射剤とした。また,収量・収率および前駆体混入量を検討し,前駆体の使用量と洗浄条件等の最適条件を決定した。なお,注射剤中の前駆体の定量はガスクロマトグラフ質量分析装置により行った。

 

【結果と考察】

 電流値30µA10分間の陽子ビーム照射で製造した[11C]CO2から約130mCi (5.5GBq) [11C]コリン注射剤が得られた。合成収率は85%,放射化学的純度は,ほぼ100%だった。サイクロトロン照射開始から合成終了までに26分を要した。従来の合成法に比し,収量,品質ともに遜色はなく,時間の短縮に寄与できた。また,合成反応の場としてディスポーザブル器材が使用できる利点とともに,合成装置の構成が大幅に簡素化された。前駆体混入量は使用量の1/1000以下であり,毒性評価の点からも全く問題なかった。以上より,この合成法はPET臨床利用にとっての実用性に優れていると思われる。

 

【今後の展望】

 [11C]コリンが腫瘍組織に集積する機序については,取り込まれたコリンが,主に膜リン脂質のホスファチジルコリンとなり細胞分裂の盛んな腫瘍に強く集積すると考えられているが,分子生物学的実験に基づいた報告はほとんどない。

 今後の計画として,ホスファチジルコリン生合成に関わる種々の酵素,特に,律速酵素となるCTP:phosphocholine cytidylyltransferaseの遺伝子発現をRT-PCR,ノーザンハイブリダイゼーション法で解析し,酵素タンパク質の局在性の検討をELISA法,ウエスタンブロッティングで行う。また,製剤中のコリンの化学量の測定を引き続き行うと共に,開発した自動合成装置により製造した[11C]コリンを用い,オートラジオグラフィー法によって腫瘍,加齢を含む各種病態動物のコリン分布を検索する。さらに,酵素タンパク質を免疫組織化学法で検出し,in situ ハイブリダイゼーション法によりmRNA を同定し同様の解析を行う。さらに,腫瘍におけるコリン取り込みの増加の原因を探るために,コリントランスポーターの動態も上述した方法によって明らかにする。以上の検討により[11C]コリンによるPET画像診断の精度,意義を高め,さらに,老化など腫瘍以外の病態診断への応用の可能性を探る。

 

 

 


12 超高磁場MRIを用いた灰白質の画像解析

佐々木真理,及川博文,及川浩,玉川芳春 (岩手医科大学 放射線医学)

 

【背景と目的】

近年のMRIの画質向上はめざましいが,深部灰白質の小構造の描出能や大脳皮質の軽微な変化の検出能は十分とは言い難い。我々は高磁場/超高磁場装置と独自の撮像法を用いて下記の3項目について検討した。

1)      視床下核,腹側視床の描出
視床下核,腹側視床はParkinson(PD)等における脳定位手術の標的として注目されているが,MRIでは描出不可能とされていた。独自のFSTIR画像を用い,これらの構造の描出を試みた。

2)      黒質のMR解剖の再検討
黒質は従来MRI T2強調画像にて同定可能とされてきたが,その位置は脳標本の分布と同一ではない。独自のFSTIR画像を用いて黒質の画像所見を再検討した。

3)      早期Alzheimer(AD)における海馬,嗅内皮質の変化
海馬,嗅内皮質はADの早期から病理学的変化をきたすことが知られているが,萎縮をきたす前の異常を画像で検出することは困難であった。独自のFSE磁化移動画像を用い,海馬,嗅内皮質の変化を検討した。

 

【方法】

1)      視床下核,腹側視床
健常人ボランティアを対象に,3-T装置を用い,冠状断高解像度FSTIR画像を撮像した。得られた画像を他の撮像法と共に脳標本と比較した。また1.5-Tの所見とも比較した。

2)      黒質
健常人ボランティアを対象に,1.5-T, 3-T装置を用い3方向のT2強調,FSTIR画像を撮像し,脳標本と比較した。さらに,PD患者と対照群を対象に,黒質に直行するFSTIR画像を撮像して黒質面積を計測した。

3)      海馬,嗅内皮質
早期AD患者と対照群を対象に,1.5-T装置を用い,冠状断高解像度FSE画像(磁化移動有/)FSTIR画像を撮像して,海馬,嗅内皮質の磁化移動比を算出した。3D画像より求めた海馬体積と比較検討した。

 

 

 

【結果】

1)       3-T装置による冠状断FSTIR画像にて,視床下核と腹側視床の各構造(不確帯,Forel)を特徴的な層構造として同定することができた。1.5-T装置でも同様の所見を指摘可能であった。

2)       黒質はFSTIR画像にて赤核の前外側下方に灰白質信号領域として認められた。1.5-T装置T2強調画像で認められる低信号は主に大脳脚線維に相当した。3-T装置T2強調画像では大脳脚線維に加え黒質相当部も低信号を呈しており,黒質の低信号化は3-T装置のみで認められると考えられた。FSTIRを用いた黒質面積計測ではPDにおける黒質の明らかな萎縮を認めなかった。

3)       早期AD患者において海馬,嗅内皮質の選択的な磁化移動比の低下を認めた。同所見は海馬萎縮の無い例でも認められた。

 

【考察】

 今回,高磁場/超高磁場装置と独自の撮像法を用いることで灰白質小構造の詳細な解析が可能となった。視床下核,腹側視床に関する知見は,movement disorderの脳定位手術の術前/術後評価や変性疾患の画像解析に寄与すると考えられる。黒質に関する知見は従来の通説を覆すものであり,黒質に関するより正確な解析の基礎となりうると考えられる。海馬,嗅内皮質の磁化移動に関する知見は萎縮を伴わない灰白質内の軽微な変化を検出する方法となりうると考えられる。

【今後の展望】

 高い空間/コントラスト分解能を持つFSTIR画像は脳幹の小構造の解析,血管周囲腔の解析,動物脳の解析に応用していきたい。高解像度磁化移動画像は3-T装置に移植,最適化した上で痴呆性疾患,パーキンソン症候群,他の変性疾患における灰白質の解析に応用していきたい。

 

 

 


13 超高磁場MRIを用いた大脳白質病変の形態学的研究

鈴木 満1北畠顕浩1,川村 1,安田 1 間藤光一1,奥山  1,佐々木由佳1

佐々木克也2 (岩手医科大学 1神経精神科学,2眼科学)

 

【背景と目的】

 Binswanger病に代表される高齢者の大脳白質障害にはしばしば精神症状が随伴するが,その病態は未だ不明である。神経軸索路である大脳白質の構造特質が中枢神経系の再生に関与しているという報告からも,高齢者の脳機能修復研究にとって大脳白質障害の病態理解は必須である。本プロジェクトでは大脳白質のグリア細胞構築に関する形態学的研究を臨床研究に発展させることを目的に,大脳白質を対象とした組織学,放射線診断学,神経精神科学をまたぐ学際的研究を行う。さらには,大脳白質を細胞移植治療の場とする神経再生治療の動物実験モデルを作成する。

 

【方法】

1. ラット大脳白質の構造と発達,加齢変化について各種形態学的方法を用いて観察するとともに,超     高磁場MRIを用いて大脳白質を撮像し,MRI画像の組織・病理学的背景について調べる。

2. 高齢者大脳白質病変を超高磁場MRIにて撮像し,大脳白質病変の程度と精神医学的症候との関係について調べる。

3.  ラット神経幹細胞などを移植片としてラット大脳白質内への移植実験を行い,その後の細胞構築の変化について観察する。

 

【結果】

1. 成体ラット大脳白質oligodendrocyte 突起と軸索移行部の立体像を走査型電子顕微鏡でとらえた。また成体ラット大脳白質血管周囲構造を大脳灰白質のそれと比較検討したところ,毛細血管外壁の基底膜とastrocyte 突起との接触様式に相違を認めた。Astrocyte突起による毛細血管周囲面積の比較では,大脳白質での平均面積が大脳灰白質のそれの約3倍の値を示し有意差を認めた。成体ラット脳の超高磁場MRI画像を得たが,ヒト用コイルによる撮像では解像度が不十分であった。

2. 広汎な大脳白質病変に幻覚妄想状態を随伴した3症例の精神医学的症候を調べた。第1例では幻聴と被害関係妄想,第2例では否定妄想,貧困妄想,体感幻覚を認め,第3例では皮膚寄生虫妄想を認めた。第3例では超高磁場MRIによる鮮明な大脳白質病変の画像所見を得て,現在その容積計測法に関して検討中である。

3. 細胞移植および移植片採取のための短期細胞培養室を整備した。現在,機器の調整や移植細胞の選択・標識方法など方法論の検討を進めている。

【考察と今後の展望】

 成体ラットを用いた研究では,大脳白質障害の病態生理には大脳灰白質のそれとは異なる構造的基盤があることを示唆する所見を得たが,今後は大脳白質構造の加齢変化とりわけ脳梗塞による細胞構築の変化を観察することが必要である。一方,大脳灰白質の巣症状のみでは説明できない臨床症状の理解には,大脳白質病変による精神医学的病態の修飾について詳しく検討する必要がある。超高磁場MRIによる大脳白質および大脳灰白質病変の3次元的計測により,より再現度の高い精神医学的画像診断が可能になることが期待される。

 神経系細胞の大脳灰白質内への移植としては,特異的機能の補完という発想によるパーキンソン病脳内へのドーパミン産生細胞の移植が治療法として多くの国で試行されている。これに対して神経軸索路(大脳白質)内への細胞移植は,軸索の再生促進によって高次脳機能の非特異的な改善を図るという方向性を持っており,発生神経生物学的な発想による新しい治療法ということができる。すでに臨床応用されている骨髄移植や角膜幹細胞移植のように,臨床神経科学においても多能性細胞を用いた生物学的治療法が神経再生のために用いられ,遺伝子工学的手法との組み合わせにより多様な選択肢をもつ治療法となることが予想される。もちろん高次脳機能の修復治療の実施に際しては慎重な倫理学的手順をふむことが必要である。