3. 神経組織損傷時の生体反応の分子形態学的および機能的研究


研究概要

○研究分野
本研究プロジェクトは、脳血管障害後の修復に関わる要因を解析し、予防・治療法の開発に発展させうる研究成果をあげるために企画された。神経科学(神経解剖学・神経生理学)・分子生物学・法医学・薬理学・微生物学・神経内科学・血液内科学の各研究分野と関連し、基礎医学・社会医学・臨床医学からの研究者により構成される分野横断的な有機的プロジェクトチームである。

○研究内容
脳血管障害後の神経組織修復を目指し、有効な診断法・治療法を開発し、ひいては予防法開発の糸口を探ることが本プロジェクトの目標である。有効な治療法を開発するためには、脳障害過程を正確に把握し、そのメカニズムを解明する必要がある。本研究では、血管障害により引き起こされる虚血・低栄養環境に加えて、物理的損傷、細菌由来毒素・神経親和性ウイルス感染など多様な脳侵襲要因を取り上げ、これと関連する多様な病態モデルを作製し、細胞の動態・細胞内情報伝達機構を機能形態学的・分子生物学的に解析する。病態モデルはアメフラシ、マウス(GFP遺伝子導入マウスを含む)、ラット、ウサギなどin vivoで作製すると共にラット脳スライス標本、培養細胞(海馬ニューロン、PC12など)in vitroでの特性を活用する。 また、本研究では、分子生化学・生物学的解析(遺伝子強制発現やsiRNAによる発現抑制など)、電気生理学的解析(パッチクランプ法など)・バイオイメージング解析などの最新機能的解析法を駆使すると共に、超微細形態での分子局在解明に有効な新たな凍結手法を中心とした新たな研究手法の開発も目指す。また、本学の共同研究施設を十二分に活用して有機的な研究活動を実施する。

○達成目標
3年目までに基本的な解析手法を確立する。計画した主要関連物質の少なくとも三分の一程度について解明の端緒を得る。5年目までには、計画した関連物質8割の機能解明を目指す。論文数は国際誌掲載分として、3年で15編、5年で25編を目標とする。

○期待される効果(社会への貢献度など)
脳・脊髄組織損傷後の修復に関わる未知要因の解明を通して基礎科学へ貢献できる。さらに、予防・治療法の開発を目指すプロジェクトであるので、医療への貢献を通し、大きな社会貢献ができる。特に脳血管障害の多発地域である東北各県民への貢献は大である。また、本プロジェクトを通して、地域における高等教育の中核となり、我が国における生命科学を担う研究者の裾野を広げ、広く優秀な若手人材の発掘・育成に寄与できる。

○学内の他の研究機関等との協力体制
In vivo での研究においては、超高磁場MRI研究施設の協力を得て、MRI画像を用いた病態モデル解析を実施する。
さらに、共同研究部門である電子顕微鏡室、動物実験センター、DNA解析室、アイソトープセンター、サイクロトロンセンターと超高磁場MRI研究施設など適宜必要に応じて活用できる体制は整っている。特に、本学の各研究施設には研究支援の主体となる優れた専門技術員が多数配置されている。学内に加えて、国内3大学(岩手大学農学部、東京大学大学院医学研究科、関西大学)、国外1大学(英国ロンドン大学(University College London)生命科学学部)、2公立医療機関(都立駒込病院、岩手県高次救急センター)、1独行法人(理化学研究所脳科学総合研究センター)、民間1施設(リムロイドサイエンス(株))の協力を得る予定である。

○研究成果の公表の計画
専門学術誌への論文掲載、学会(国内・国際)での発表に加え、隔年(あるいは研究期間内に計2〜3回)の公開シンポジウムを開催する。この際、各関連分野の国内外の第一人者を招聘し、講演および本プロジェクトの成果について評価・討論を実施する。


年度別の具体的研究内容

平成16年度

初年度は各病態モデル系の確立を目指し、基本的解析法の諸条件を決定する。

1.          アメフラシを用いて受容体応答発現に際して単量体G蛋白(Rhoなど)が果す機能を解析する。

2.          16年度は脳損傷モデルを用いて、脳損傷急性期におけるサイトカイン発現量を経時的に追跡する。

3.          ベロ毒素によるヒトの脳症(痙攣や意識障害、脳の浮腫)のウサギモデルを使用し、髄液中および血清中の炎症性サイトカイン(とくにTNF-α)のELISAによる検出系を確立し定量化する。

4.          ARBAT1阻害薬)が低酸素性神経細胞死を抑制するのか否かをin vitro低酸素負荷モデルで確認する。

5.          低酸素や低栄養による海馬ニューロン、PC12細胞とC6細胞障害に対する天然物由来活性物質およびステロイドの効果とそのメカニズムを検討する。

6.          脳海馬標本(スライス標本、培養細胞)を用いて、薬物誘導による神経細胞障害と修復に対する評価法を検討する。

上記各病態モデルの電子顕微鏡レベルでの基本形態解析法として、急速凍結条件を確定する。




平成17年度

本年度は、確立された病態モデル系を使い、分子解析を含むデータ取得を行う。

1.          アメフラシを用いて受容体応答発現に際して単量体G蛋白が果す機能を解析し、さらに同様な解析をラット脳スライス標本で試みる。

2.          脳損傷亜急性期、慢性期におけるサイトカイン発現量の経時的変動を追跡し、組織学的所見とサイトカイン発現の関連について考察する。また平成16年度のデータとあわせ、各サイトカインの損傷修復における役割を明らかにしていく。

3.          大脳・脳幹におけるGb3の発現増強により、ベロ毒素に対する感受性が亢進することを確認する。臨床症状、病理組織像、画像所見の検討および脳内の炎症性サイトカインmRNA(とくにTNF-α)の発現を検討する。神経細胞・グリア細胞・血管内皮細胞におけるアポトーシスについても検索する。

4.          ARBの神経保護作用がAT1阻害によるのか、AT2の作用によるのか、あるいは両者からの細胞内シグナルバランスによるのかを明らかにする。

5.          前年度に引き続き、神経細胞障害に対するステロイドの保護作用と修復作用を検討する。

得られたデータの公表(学会・論文)を積極的に行う。

平成18年度

前年度に引き続き、同様な実験を行い、データを積み上げる。また、応用可能な成果は速やかに病態治療法への開発に着手する。

1.         平成1617年度中の検討で受傷後、有意に変動していると認められたサイトカインについて、その発現細胞の経時的動態を検索する。

2.    広汎にサイトカイン産生を抑制する薬剤(たとえばanisodamineJT67)や抗凝固剤の投与による効果を、平成1617年度と比較し、有用な治療法または阻害法を検討する。

3. AII受容体と神経細胞の生存・細胞死、分化シグナルとの関わりを分子生物学的に明らかにする。

また、各グループの中間的自己評価を実施する。評価に基づき、有望な成果を選定し人的・経費的重点配分を行い、治療法等(予防法・法医学的応用も含む)の開発の実現のため可能な環境を整える。

平成19年度

得られたデータに基づき、治療法の開発を目指した研究を発展的に展開するための挑戦的実験を実施する。

1.          前年度までの検討で有用と考えられた因子について、実際の剖検例組織を用いて検索を進め、具体的な診断法の構築を試みる。また受傷部位、損傷の程度と発現動態の関連について検討する。さらに年齢別に発現動態を比較することで、損傷に伴うサイトカイン発現の世代別の特徴を考察する。

2.          遺伝子改変ウサギの作製。とくにTNF-αのノックアウトウサギの作製を試みる。

3.          開発された急速凍結手法により、電子顕微鏡での細胞分子特性の解析・各種関連分子局在の解析を実施すると共に新しい標識法の開発を行う。

得られたデータは随時学会発表・論文として、国際水準の学会誌等に発表する。

平成20年度

総合的に成果を評価し、必要な実験を継続して実施する。最終年度として可能であれば次の課題を達成したい。

1.          剖検例組織を用い、死後経過時間、死後変化とサイトカイン検出能との関連を検討し、測定結果に影響を与える環境因子を明らかにしていく。

2.          ノックアウトウサギを用いて同様にベロ毒素を投与し、平成1617年度と比較検討すると共にTNF-αの脳症発症における役割を確認する。

19年度までに得られた結果をもとに、各グループは論文をまとめ発表し、これらをまとめて、本プロジェクトとしての総括を行う。 他のプロジェクトグループと共に公開シンポジウムを開催し、得られた成果を公表する。