U―3
神経再生・変性研究部門(画像部門)の研究概要と各プロジェクトの成果
神経再生・変性研究部門(画像部門)研究概要
ハイテクリサーチ申請時の研究課題と主な研究者
·
超高磁場MRI・ポジトロンエミッショントモグラフィー(PET)等を用いた神経系の加齢、変性、再生に関するプロジェクト |
所属・職 |
研究者名 |
放射線医学・教授 講師 |
玉川 芳春 佐々木真理 |
神経内科学・教授 助教授 講師 講師 |
東儀 英夫 阿部 隆志 高橋 智 米澤 久司 |
脳神経外科・教授 助教授 講師 講師 |
小川 彰 鈴木 倫保 土肥 守 小笠原 邦昭 |
神経精神科・助教授 |
鈴木 満 |
サイクロトロンセンター・ 助教授 助手 |
世良耕一郎 寺崎 一典 |
ハイテクリサーチ選定後の具体的な研究課題と主な研究者および役割 (平成11年〜15年)
所属・職 |
研究者名 |
研究開発プロジェクトにおける研究課題 |
研究開発プロジェクトでの役割 |
放射線医学・教授 教授 講師 助手 |
玉川 芳春 江原 茂 佐々木 真理 及川 博文 |
· 灰白質・脳血管血管周囲腔及び動物脳の画像解析 |
· 視床、黒質、小脳等の画像解析 · 脳血管血管周囲腔の画像解析 · イヌ,ネコ脳の画像解析 |
神経内科学・教授 教授 講師 講師 |
東儀 英夫 寺山 靖夫 高橋 智 米澤 久司 |
· アルツハイマー病における脳構造 · 加齢に伴う脳内代謝産物の変化 |
· アルツハイマー病と後部帯状束線維 · 加齢に伴う脳内の代謝産物濃度 |
脳神経外科・教授 助教授 助教授 助教授 助手 |
小川 彰 鈴木 倫保[1] 土肥 守 小笠原 邦昭 井上 敬 |
· 脳神経の描出と同定 · 3DAC画像による繊維走行 · 脳灌流画像による脳血流量 |
· 腫瘍性病変との位置関係 · 3DAC・拡散テンソル画像 · 脳灌流画像による脳血流量 · MRSによる病態評価 |
神経精神科・助教授 非常勤講師 |
鈴木 満 奥寺 利男 |
· 大脳白質病変の形態学的研究 |
· 大脳白質病変の形態 |
サイクロトロンセンター・助教授 助手 |
世良耕一郎 寺崎 一典 |
· PETによるコリン集積機序の解明 |
· コリン集積機序の解明 · 11Cコリンの合成 |
本部門は神経組織の微細構造や機能を画像化することにより、神経損傷および修復過程のメカニズム解明に寄与することを目的とした。そのために3.0 Tesla の磁束密度を有する超高磁場MRI装置を設置し、既存のPositron
Emission Tomography (PET) 装置と併せて利用した。
1)
超高磁場 MRIと独自の高解像度高コントラスト撮像法を用いて,脳内微細構造の詳細な解析をおこなったところ,視床下核と腹側視床の各構造を特徴的な層構造として同定することができた。これは,パーキンソン病における病態解析や定位脳手術の評価に寄与するであろう。アルツハイマー病患者においては、脳萎縮をきたす以前の灰白質内の軽微な変化が検出可能で,変性疾患の早期診断手法として有望と考えられた。また,側頭葉てんかんにおいては海馬内の微細病変を効率よく検出能でき,従来は可視化不可能であった微細てんかん焦点の同定に威力を発揮した。
2)
超高磁場MRIと独自の撮像法を用いることで,専用のシステムを用いることなしに,動物脳の高解像度画像を得ることができ、従来可視化不可能であった脳内構造の観察が可能であった。
3)
脳内拡散現象の定量的解析を、アルツハイマー病群でおこなったところ、脳梁膝部における有意な等方性拡散の上昇および後部帯状束,脳梁膝部,前頭部白質での異方性拡散の低下が認められた。これまで同疾患と海馬領域の異常との関連が報告されてきたが、今回の研究は後部帯状回の機能低下がより早期に出現するとの仮説を支持する所見であった。
4)
解像度の高い白質組織抑制 (すなわち灰白質強調) 画像を得ることで、パーキンソン病と黒質との関係を明らかにした。パーキンソン病では,重症度と相関する黒質緻密層の信号強度の低下が認められ、この変化は黒質緻密層外側で著しく,病理学的所見と合致していた。
5)
超高磁場MRIを活用することで精神医学的症候学と大脳白質病変との関係をとらえ直すことができた。幻覚妄想症例では臨床像とMRIに共通する特徴を認めた。超高磁場MRIでは,大脳白質と灰白質との境界を鮮明に描出可能であった。縦断的経過観察では,大脳白質病変の進行に伴い体感幻覚の増悪を認めた。
6)
脳主幹動脈閉塞性病変において経時的に超高磁場MRI評価を行った結果、外科的血行再建術が神経損傷回復に有効である可能性が示された。また慢性期脳虚血例において白質神経障害そのものを画像化でき、さらに長期にわたる軽度白質神経障害は可逆的である可能性が示唆された。脳灌流画像では造影剤や放射性同位元素を使用せず, 虚血脳を多因子で評価可能であった。また、脳腫瘍例において機能的MRIによる検討も行い,中心溝, 言語優位半球同定能精度を実際の脳神経外科手術の結果と対比して確認した。また脳腫瘍症例において言語野の後天的偏位が示されたが,これは脳機能の可塑性を示すものと考えられた。
7)
腫瘍組織を用いた検索により,コリンを中性化合物に変換して多量に細胞内に取り込む機構の存在が示唆された。またFDG、コリンの集積は各々異なる細胞周期に依存していることが明らかになった。
8)
MRスペクトロスコピー(MRS)では、代謝物質の非侵襲的な測定が可能である。今回MRS にて加齢や病態をある程度評価できることが分かった。さらに、深部体温や
pH を非侵襲的に同時に評価することが可能であることが分かった。
各プロジェクト概要
超高磁場MR装置を用いた基底核,辺縁系の画像解析 |
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研究代表者 |
佐々木 真理 |
所属 |
放射線医学講座 |
共同研究者 |
及川 博文 |
所属 |
放射線医学講座 |
江原 茂 |
所属 |
放射線医学講座 |
キーワード(日本語)
基底核 |
黒質 |
視床下核 |
海馬体 |
超高磁場磁気共鳴画像 |
パーキンソン病 |
Key
Words (English)
basal ganglia |
substantia nigra |
subthalamic nucleus |
hippocampal formation |
high field MRI |
Parkinson disease |
【背景・目的】
近年のMRIの画質向上はめざましいが,深部灰白質や辺縁系の小構造の描出能や微細病変の検出能は十分とは言い難い。我々は超高磁場3 Tesla (3T)
MRI装置と独自に開発した高コントラスト撮像法を用いて,従来画像化が困難と考えられていた構造や病変の描出を下記の通り試みた。1)視床下核,腹側視床の描出,2)黒質の立体構築の可視化とParkinson病(PD)における解析,3)早期Alzheimer病(AD)における海馬,嗅内皮質の解析4)側頭葉てんかんにおける微小海馬硬化の検出とPapez回路の遠隔変化の解析。
【実験方法・材料】
1)
視床下核: 健常者を対象に3次元(3D)高解像度short
inversion-time inversion recovery (STIR)画像を撮像し,他の撮像法や脳標本の所見と比較した。
2)
黒質: 健常者を対象に多断面T2強調画像(T2WI),STIR画像を撮像し,脳標本と比較した。PD患者と対照群を対象に黒質に直行するSTIR画像における黒質の定量解析を行った。
3)
海馬: 早期AD患者と対照群を対象に,冠状断高解像度磁化移動画像を撮像し,海馬,嗅内皮質における磁化移動比の差異を検討した。
4)
海馬硬化: 側頭葉てんかん患者を対象に高解像度STIR画像を撮像し,微細病変の検出能とPapez回路の諸構造の2次的変化について検討した。
【結果】
1)
3T装置による3D-STIR画像にて,視床下核と腹側視床の各構造を特徴的な層構造として同定することができた。視床下核はForel H2野下方の斜走する低信号領域として明瞭に認められた。T2WIでは視床下核は鉄沈着に起因する信号低下を呈した。また,視床下核の3次元的局在の計測が可能となり,PDにおける深部脳刺激手術(DBS)の術前検査として有用である可能性が示唆された1)。
2)
黒質はSTIR画像にて赤核の前外側下方に明瞭な灰白質信号領域として認められた。1.5T と異なり,3-T T2WIでは黒質の全域が低信号を呈しており,黒質の鉄濃度依存性コントラストは3-Tのみで認められると考えられた。黒質に直行する斜位断面での黒質定量解析ではPD患者において黒質の明らかな萎縮を認めず,病理学的知見と一致した2)。
3)
早期AD患者において海馬,嗅内皮質に限局した磁化移動比の低下を認め,カラーマップでも色調の異常として認められた。同所見は海馬/内側側頭葉萎縮の無い例でも認められ,ADの早期診断の一助となる可能性が示唆された。
4)
1.5Tで異常所見を認めなかった側頭葉てんかん患者において,3T MRIで微細な硬化性変化を検出することができた。海馬硬化が海馬台に及んでいる患者ではPapez回路に2次性萎縮を認め,海馬台病変がPapez回路に影響を及ぼすことが示唆された3)。
【考察と展望】
今回,超高磁場3T MRIと独自の高解像度高コントラスト撮像法を用いることで,脳内微細構造の詳細な解析が可能となった。今回の研究で明らかとなった視床下核や黒質に関する新たな知見は,PDにおける病態解析や定位脳手術の術前/術後評価に寄与すると考えられる。ADにおける海馬,嗅内皮質の選択的磁化移動低下に関する知見は,萎縮をきたす以前の灰白質内の軽微な変化を検出可能としたもので,変性疾患の早期診断手法として有望と考えられる。また,側頭葉てんかんにおける海馬内の微細病変の高い検出能は,従来可視化不可能であった微細てんかん焦点の同定に威力を発揮し,てんかん患者の予後向上に寄与することが期待される。
3T MRIによる高解像度STIR画像,磁化移動画像は,今回の対象疾患以外へも広く応用することが可能であり,今後,種々の痴呆性疾患,変性疾患,先天性疾患,脳血管疾患などにおける微小構造の解析,微細病変の検出に積極的に役立てていきたい4,5)。また,更なる高画質化を進めていくとともに,機能画像との融合も試みていく予定である。
≪研究業績≫
1) Sasaki M, Inoue T, Tohyama K, Ehara S, Ogawa A: High field MRI: current concepts on clinical and microscopic imaging. Magn Reson Med Sci 2: 2003 (in press)
2) Oikawa H, Sasaki M, Tamakawa Y, Ehara S, Tohyama K: The substantia nigra in Parkinson disease: proton density-weighted spin-echo and fast short inversion-time inversion-recovery MR findings. AJNR 23:1747-1756, 2002
3) Oikawa H, Sasaki M, Tamakawa Y, Kamei A: The circuit of Papez in mesial temporal sclerosis: MRI. Neuroradiology 43:205-210, 2001
4) Sasaki M, Oikawa H, Ehara S, Tamakawa Y, Takahashi S, Tohgi H: Disorganised unilateral cerebellar folia: a mild form of cerebellar cortical dysplasia ? Neuroradiology 43:151-155, 2001
5) Sasaki M, Oikawa H, Yoshioka K, Tamakawa Y, Konno H, Ogawa A: Combining of time-resolved and single-phase 3D techniques in contrast-enhanced carotid MR angiography. Magn Reson Med Sci 1:1-6, 2002
超高磁場MR microscopyを用いた動物脳の画像解析 |
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研究代表者 |
佐々木 真理 |
所属 |
放射線医学講座 |
共同研究者 |
遠山 稿二郎 |
所属 |
解剖学第二講座 |
松永 悟 |
所属 |
東京大学農学生命科学研究科 高度医療科学教室 |
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江原 茂 |
所属 |
放射線医学講座 |
キーワード(日本語)
動物脳 |
超高磁場磁気共鳴画像 |
磁気共鳴顕微鏡 |
短反転時間反転回復法 |
海馬体 |
辺縁系 |
Key
Words (English)
animal brain |
high field MRI |
MR microscopy |
short inversion-time inversion recovery |
hippocampal formation |
limbic system |
【背景・目的】
動物脳のMRIは神経科学や獣医領域で威力を発揮する可能性があるが,通常の装置では十分な画質を得ることは困難であった。今回,超高磁場3 Tesla (3T) MRIと独自の高解像度高コントラスト画像を用いて動物脳のMR microscopyを試み,手法の確立をめざすとともに,辺縁系を中心に画像所見を検討した。
【実験方法・材料】
対象はWistarラット,雑種ネコ,ビーグル犬,およびヒト健常者ボランティアで,超高磁場3T MRI装置と標準ヒト頭部コイルまたは小動物用コイルを用いた。ネコ,イヌでは静脈麻酔下に高解像度short inversion-time inversion recovery(STIR)画像(voxel size 0.3×0.4×2.5mm)1-2)を,ヒトでは安静下にSTIR画像(voxel size 0.4×0.5×3mm)を撮像した(撮像時間: 約8-12分)。ラットではMRI造影剤(Gd-DTPA)添加還流固定後(参1)にT1強調3D-fast spin echo (FSE)画像3) (voxel size 0.3×0.3×0.3mm)を撮像した(撮像時間: 約1.5時間)。容積画像は独自の3次元可視化法(hyperplanar reconstruction: HPR)による画像処理を行った。得られた画像を脳組織標本,脳アトラスと比較した。また,海馬体立体構築の動物間の差異について比較検討した。
【結果】
超高磁場3T MRI装置と独自の撮像法を用いることで,動物脳の極めて良好な高分解能高コントラスト画像を取得することができた1,3)。STIR画像では,従来可視化不可能であったネコ,イヌ脳の内部構造を明瞭に描出できた。皮髄境界は極めて良好で,基底核,視床の内部構造,中隔野や海馬体などの辺縁系構造,嗅脳構造,小脳小葉構造,脳幹内構造を明瞭に認めた。また,脳神経,脳血管,内耳構造の描出も可能であった。Gd-DTPA還流固定後の3D-FSE画像ではラット脳の高品位容積データを取得できた。本画像でもSTIR画像と同様,ラット脳内の小構造を任意の断面で良好に可視化することができた。HPRによる3次元画像では脳表構造と脳内構造を同一画面で双方向性に観察することができた。
海馬体に関する検討では,海馬体長軸に直行する斜位画像や長軸に沿った曲面再構成画像を用いることによって,系統発生学的な側頭葉の変形による差異を除外して,ラット,ネコ,イヌ,ヒト海馬の形態学的相同性を比較検討することができた。ラット,ネコ,イヌで発達している背側海馬がヒトでは未発達の海馬尾部に相当し,腹側海馬がヒトでは非常に発達している海馬頭部に相当することが明らかとなった。本所見は海馬体の長軸方向における機能分化の差異を反映していると考えられた。
【考察と展望】
今回,超高磁場3T MRIと独自の撮像法を用いることで,専用のシステムを用いることなしに,動物脳の高解像度画像を得ることができた。STIR法は脳組織の保有するプロトン密度,T1緩和,T2緩和によるコントラストを最大限利用することができる。そのため,本法によって従来可視化不可能であった脳内構造の観察が可能となったと考えられる。一方,造影剤による還流固定では,組織のT1緩和時間を極端に短縮することによってSN比の向上が図れる他,血管床に依存したコントラストを付加することができる。そのため,動物脳の高画質等方性容積データを従来の十数分の一の時間で取得することができたと考えられる。現時点では空間分解能が必ずしも十分ではないが,装置の改良によって更なる高解像度化が可能であり,目下その準備を進めている。
本手法は神経科学領域,比較解剖学領域,獣医学領域における画像解析に威力を発揮することが期待される。特に種々の神経損傷/再生実験やトレーサ実験において,所見の局在や分布を3次元的に把握するのに有用と思われ,実験の精度向上や効率化に寄与することが期待される。病変描出能や至適トレーサーに関する基礎的検討が現在進行中である。
≪参考論文≫
(1)
Johnson GA, et al: Radiology 222:789-793, 2002
≪研究業績≫
1) Sasaki M, Inoue T, Tohyama K, Ehara S, Ogawa A: High field MRI: current concepts on clinical and microscopic imaging. Magn Reson Med Sci 2: 2003 (in press)
2) Oikawa H, Sasaki M, Tamakawa Y, Ehara S, Tohyama K: The substantia nigra in Parkinson disease: proton density-weighted spin-echo and fast short inversion-time inversion-recovery MR findings. AJNR 23:1747-1756, 2002
3) Sasaki M, Oikawa H, Ehara S, Tamakawa Y, Takahashi S, Tohgi H: Disorganised unilateral cerebellar folia: a mild form of cerebellar cortical dysplasia ? Neuroradiology 43:151-155, 2001
超高磁場(3 Tesla)MRIにおけるアルツハイマー病大脳白質拡散異方性の変化 |
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研究代表者 |
高橋 智 |
所属 |
神経内科学講座 |
共同研究者 |
米澤 久司 |
所属 |
神経内科学講座 |
高橋 純子 |
所属 |
神経内科学講座 |
|
工藤 雅子 |
所属 |
神経内科学講座 |
|
寺山 靖夫 |
所属 |
神経内科学講座 |
|
東儀 英夫 |
所属 |
神経内科学講座 |
|
井上 敬 |
所属 |
脳神経外科学講座 |
|
佐々木 真理 |
所属 |
放射線医学講座 |
キーワード(日本語)
アルツハイマー病 |
拡散異方性 |
3 Tesla MRI |
|
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Key
Words (English)
Alzheimer disease |
diffusion anisotropy |
3 Tesla MRI |
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【背景・目的】
大脳白質における拡散は有髄線維の走行などの影響を受け,異方性が存在する。拡散異方性の研究から,さまざまな大脳白質病変における髄鞘や神経線維の変性,脱落が検討されてきたが,アルツハイマー型痴呆(以下DAT)で,大脳白質に焦点をあてた検討は比較的少ない1)。
近年, DATを対象とした機能画像の検討で,記憶障害に深くかかわる後部帯状回および楔前部の脳血流低下が報告され(参1),その原因として,海馬や嗅内皮質など,早期から障害される他領域からの投射の障害を反映する可能性が示されている。超高磁場(3T)MRIを用いた拡散強調画像により,DAT大脳白質の異方性拡散を計測し,帯状束を含めた神経線維の障害を検討した。
【実験方法・材料】
対象は,NINCDS-ADRDAの診断基準によるprobable
DAT 10例(FAST 4〜5)および正常対照10例である。MRIは,SIGNA3.0TVH/I(GE社製,岩手医科大学付属ハイテクリサーチセンター)を用い,SPGRによるT1強調画像,T2強調画像および拡散強調画像(EPI,TR/TE:3000/84,b値:2000sec/mm2)を撮像した。Fractional
anisotropy (FA)およびtrace mapを作成し,前頭,側頭,後頭,頭頂部白質,内包後脚,前・後部帯状束および前・後部脳梁幹に円形のROIを設定し,各部位のtrace値とFA値を計測した。
【結果】
拡散の異方性を考慮しない拡散の指標であるtrace値の比較では,AD群では,頭頂部白質,後部帯状束および前・後部脳梁幹で正常対照群に比して有意なtrace値の上昇を認め,異方性を考慮しない拡散の上昇が示唆された。
冠状断FA mapで,脳梁幹の上部に帯状束が明瞭に描出された。AD患者では健常者に比して脳梁幹,帯状束ともに描出が不明瞭な例が多く,脳梁幹および帯状束のFA値は,健常者に比して著明に (p<0.01) 低下していた。
異方性拡散の指標であるFA値は,正常対照群では,海馬0.194±0.042 (dimensionless unit,以下単位省略),脳梁膝部0.846±0.110,脳梁膨大部0.787±0.044,前部白質0404±0.118,後部白質0.371±0.050,前部帯状束0.544±0.067,後部帯状束0.511±0.118に対して,DAT群では,海馬0.149±0.061,脳梁膝部0.607±0.l17,脳梁膨大部0.772±0.084,前部白質0.282±0.055,後部白質0.403±0.055,前部帯状束0.405±0.152,後部帯状束0.344±0.174と,脳梁膨大部を除いた全ての関心領域で,正常対照群に比して低い傾向を認めた。特にDAT群の脳梁膝部,後部帯状束,前部白質のFA値は,正常対照群と比較して,有意に低下しており,DATでのこれらの部位の白質神経線維の機能的あるいは形態的な異常が示唆された2)。
【考察と展望】
生体における「見かけ上の拡散」は,細胞膜による拡散の制限や拡散以外のさまざまな微視的な運動などにより,方向性をもつ。神経組織における拡散異方性を規定する要因としては,髄鞘や軸索の細胞膜による拡散運動の制限,軸索流やニューロフィラメントによる細胞骨格的構造の関与などが示唆されている。今回の検討では,DAT群において脳梁膝部における有意な等方性拡散の上昇および後部帯状束,脳梁膝部,前頭部白質での異方性拡散の低下が認められた。DAT群の脳梁のMRI拡散強調画像を検討したHanyuら(参2)は,DAT群の脳梁後部では萎縮を伴う等方性拡散の上昇を,脳梁前部では萎縮を伴わない等方性拡散の上昇を認め,さらに,脳梁前部および後部両者で拡散異方性の低下が認められたと報告している。後部帯状束では,健常者のFAの60%以下と著明な異方性拡散の低下が認められた。後部帯状回は海馬,海馬傍回と密接に関連し,記億の再生,符号化に深く関わっていると考えられている。病理学的には,AD早期から病理学的変化がみられるのは海馬や嗅内皮質であり,MRIを用いた早期DAT患者の検出でも,これらの領域の萎縮の有用性が報告されている。しかし,近年,PETやSPECTなどの機能画像を用いた研究で,最も早期に異常を示すのは,海馬領域ではなく,後部帯状回であることが報告されている。後部帯状回は,嗅内皮質とも神経連絡を有することが知られており,DATでみられる後部帯状回の脳血流低下は,ごく早期に出現する嗅内皮質や海馬,海馬傍回の神経変性にともなう後部帯状回の機能異常を早期に反映している可能性があり,本研究で得られたDATにおける後部帯状束の異方性拡散の低下は,DATにおける後部帯状回の機能低下を支持する所見と考えられ,DATの病態およびMR診断を考える上で重要な知見と考えられた。
≪参考論文≫
(1)
Hanyu H et al.: J Neurol
Sci 167:37-44, 1999
(2)
Minoshima S et al.: Ann Neurol
, 42:85-94,1997
≪研究業績≫
1) Tohgi H, Yonezawa H, Takahashi S, Sato N, Kato E, Kudo M, Hatano K, Sasaki T: Cerebral blood flow and oxygen metabolism in senile dementia of Alzheimer's type and vascular dementia with deep white matter changes. Neuroradiology 40:131-137, 1998
2) Takahashi S, Yonezawa H, Takahashi J, Kudo M, Inoue T, Tohgi H: Selective reduction of diffusion anisotropy in white matter of Alzheimer disease brains measured by 3.0 Tesla magnetic resonance imaging. Neurosci Lett 332:45-48, 2002
パーキンソン病における黒質緻密層超高磁場(3
Tesla)MRI所見 |
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研究代表者 |
高橋 智 |
所属 |
神経内科学講座 |
共同研究者 |
米澤 久司 |
所属 |
神経内科学講座 |
高橋 純子 |
所属 |
神経内科学講座 |
|
工藤 雅子 |
所属 |
神経内科学講座 |
|
寺山 靖夫 |
所属 |
神経内科学講座 |
|
東儀 英夫 |
所属 |
神経内科学講座 |
|
井上 敬 |
所属 |
脳神経外科学講座 |
|
佐々木 真理 |
所属 |
放射線医学講座 |
キーワード(日本語)
パーキンソン病 |
黒質 |
3
Tesla MRI |
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Key
Words (English)
Parkinson disease |
substantia nigra |
3 Tesla MRI |
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【背景・目的】
パーキンソン病の病理学的検討では,腹側,外側に著明な黒質緻密層神経細胞の脱落が報告されている1), (参1)。超高磁場 (3 Tesla) MRIを用いたInversion
Recovery 法
により,解像度の高い白質組織抑制画像を撮像し,パーキンソン病における黒質緻密層の変化を検討した。
【実験方法・材料】
対象は,L-dopaを含む抗パーキンソン病薬で治療中のパーキンソン病16例 YahrII: 4例,Yahr III:9例,Yahr IV:3例,および神経学的に異常を認めないボランティア12例 である。MRIは,SIGNA3。0TVH/I(GE社製,岩手医科大学付属ハイテクリサーチセンター)を用いてT2強調画像,脂肪抑制画像,白質抑制画像,灰白質抑制画像を撮像し,白質抑制画像上で,黒質緻密層内側・中央・外側部および後頭葉皮質にROIを設定し,信号強度を計測した。
【結果】
T2強調画像では,鉄によるT2短縮効果が強くあらわれ,白質抑制画像で細胞成分が描出される黒質緻密層まで鉄の沈着が描出され,若年者でもT2強調像でみられる高信号のバンドは狭小化していた。正常対照例における白質抑制画像では,黒質の灰白質成分が明確な高信号域として描出され,若年者と高齢者の白質抑制画像を比較すると,高齢者では,緻密層の細胞成分に起因する高信号域の信号強度が若年者に比較して,淡くしか描出されなかった。
パーキンソン病の黒質部白質抑制画像では,正常対照に比較して,灰白質成分の信号強度は,淡くしか描出されず,パーキンソン病例における症状優位側の黒質緻密層外側/後頭葉皮質の信号強度比とYahrの重症度の関係を比較すると,緻密層外側/後頭葉皮質の信号強度比は重症度と相関して低下した。パーキンソン病例の症状優位側黒質の緻密層内側/後頭葉皮質の信号強度比も重症度と相関して信号強度は低下するが,軽症群(Yahr II)では有意差は認められなかった。
パーキンソン病例における緻密層の外側/内側信号強度比と重症度の関係の検討では,対照例に比較して外側の信号強度が相対的に低下しており,パーキンソン病で病理学的に示されている緻密層外側に強い細胞脱落を示唆する所見と考えられた。
【考察と展望】
パーキンソン病を対象とした1.5 Tesla MRI T2強調画像の検討で,黒質緻密層高信号域の幅の狭小化が報告されてきた(参2)。鉄はT2緩和時間を短縮させ,
MRI T2強調画像では,高濃度の鉄が存在する黒質網状層と赤核は,低信号となり,その間に挟まれる黒質緻密層は相対的に高信号を呈する。パーキンソン病における黒質緻密層高信号域の狭小化の原因として,(1) 解剖学的な緻密層の萎縮を反映するという説と,(2) (緻密層を含めた)黒質への鉄の沈着を反映するという説の2説が提唱されてきた。近年,鉄の分布に依存しないMRI拡散強調画像による撮像では,中脳黒質緻密層の幅は,パーキンソン病と正常対照の間に有意差はないとする報告もある。
超高磁場 (3 Tesla) MRI Inversion
Recovery 法
では解像度の高い白質組織抑制
(すなわち灰白質強調) 画像を得ることが可能である。パーキンソン病黒質緻密層の白質組織抑制画像の検討では,重症度と相関する黒質緻密層の信号強度の低下が認められた。この変化は黒質緻密層外側で著しく,病理学的に報告されているパーキンソン病黒質緻密層の腹側,外側に著明な神経細胞の脱落を反映する所見と考えられた。超高磁場MRI Inversion
Recovery 法
による白質組織抑制画像は,今後,他疾患における黒質の評価および黒質以外の部位の神経細胞密度の評価に有用な手法である。
≪参考論文≫
(1) Fearnley JM et al.: Brain 114: 2283-2301,1991
(2) Braffman BH et al.: AJR 152:159-165, 1989
≪研究業績≫
1) Tohgi H, Takahashi S, Abe T, Utsugisawa K :Symptomatic characteristics of parkinsonism and the width of substantia nigra pars compacta on MRI according to ischemic changes in the putamen and cerebral white matter: implications for the diagnosis of vascular parkinsonism. Eur Neurol 46:1-10, 2001
超高磁場MRIを用いた大脳白質病変の形態学的研究 |
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研究代表者 |
鈴木 満 |
所属 |
神経精神科学講座 |
共同研究者 |
奥寺 利男 間藤 光一 安田 重 井上 敬 |
所属 所属 所属 所属 |
神経精神科学講座 神経精神科学講座 神経精神科学講座 脳神経外科学講座 |
キーワード(日本語)
大脳白質 |
超高磁場MRI |
晩発性精神病 |
脳血管性障害 |
体感幻覚 |
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Key
Words (English)
cerebral white matter |
ultra high field MRI |
late onset psychosis |
cerebrovascular disorder |
somatic hallucination |
|
【背景・目的】
人口の高齢化に伴い晩発性精神障害が増加し,大脳白質病変を随伴する高齢者精神疾患を経験する機会が増えている。大脳白質に優位な病変を有するwhite matter diseases (WMD)には様々な精神症状が認められる。その基盤には大脳白質病変による認知機能障害があると言われている(参1)が,臨床脳画像研究は立ち遅れており,老年精神医学領域における器質性幻覚症の概念は未だ不明確である。本研究では,大脳白質病変の描出能に優れた超高磁場MRIを活用することで精神医学的症候学と大脳白質病変との関係をとらえ直すことを目的とする。
【実験方法と対象】
研究対象は,岩手医科大学附属病院神経精神科および関連病院に通院中あるいは入院中の症例である。このうち45歳以降に精神病症状を初発し,脳画像診断において大脳白質に病変を認めた症例に対して,所定の説明と同意の手続きを踏んだ後に,GE製3Tesra超高磁場MRIを用いて頭部を撮像し,精神症候と大脳白質病変との関連について検討した。
【結果】
45歳以降初発の意識障害を伴わない幻覚妄想症例は,当科新来患者全体の約3%,同じく45歳以上の新来患者の約5%を占めた。幻覚妄想症例のうち,青年期統合失調症との比較において,精神症候学的に特異な体感幻覚を示す晩発性精神障害群(4症例)を認め,臨床像とMRIに共通する特徴を認めた。すなわち,奇異かつ非現実的な内容を有する薬物治療抵抗性の体感幻覚は長期にわたり,それぞれの愁訴に対応した複数の臨床科で精査の後,心気症状として精神科紹介となった経緯が見られた。一方,MRI検査では,両側大脳白質に多発性,散在性の不完全および完全ラクナ梗塞を認め,病変周囲の髄質動脈血管周囲腔は軽度拡張を示した。これら不完全・完全ラクナ梗塞で示された小虚血性病変は髄質動脈低灌流領域にほぼ一致していると思われた(参2)。超高磁場MRIは,従来の機器と比較して大脳白質と大脳灰白質との境界を格段に鮮明に描出し,脳梗塞巣輪郭描出にも優れた性能を示した。縦断的経過観察では,大脳白質病変の進行に伴い体感幻覚の増悪を認めた。なお上記症例の他,稀少症例の脳画像所見として脳梁欠損を合併した晩発性精神障害例(広義のWMD)1),音楽幻聴症例,致死性緊張病症例などについても報告した。
【考察と展望】
脳画像診断機器の精度向上により,旧来の精神症候学は器質因の判定において再考を迫られている。高齢者に見られる幻覚妄想状態は,様々な概念の変遷を経て現在は統合失調症に包含されているが,統合失調症の発達障害説との整合性は乏しく,脳画像機器を用いた病態研究は緊要の課題である。本研究で着目した体感幻覚は,MRI開発以前にcenesthopathy として記載された精神症候である。Cenesthopathyは時代を越えて認められる臨床症候でありながら,器質的要因の検索はこれまで十分になされておらず,身体表現性障害や心気性障害と診断されて多くの臨床科受診を繰り返す難治症例が多い。異常体感はQOLを著しく低下させ,長期にわたる執拗な訴えは医師患者関係をしばしば悪化させる。奇妙で未分化な体感異常は機能局在論的診察法では診断が困難であり,神経学的には無症候と見なされることもある。また抗精神病薬に対
する治療抵抗性は統合失調症の病態との違いを示唆するものである。幻覚の責任病巣として皮質局在論による仮説が数多く提出されている一方,機能的離断症候群など大脳白質に関連した疾患概念も報告されており,大脳白質病変が幻覚の発現や修飾に関与していることが想定される(参3)。本研究結果は,高齢者の体感幻覚と大脳白質虚血性病変,とりわけ髄質動脈領域病変との関係を強く示唆するものであり,器質性幻覚症の診断における脳画像の重要性を再確認するものである。今後
は,晩発性精神障害症例および対照例を集積して症例間比較および縦断的研究を継続するとともに,合わせて行っているヒト死後脳を対象とした形態学的研究との統合を目指す。
≪参考論文≫
(1) Pantoni L, et al: The matter of white matter. Academic Pharmaceutical Productions, 2000
(2) 奥寺利男他: 脳神経52: 671-690, 2000
(3)
鈴木 満,
井原
裕:臨床精神医学講座 S1: 297-309, 中山書店, 1999
≪研究業績≫
1) Suzuki M, Kawamura S, Watanabe H and Sakai A: Late-onset Psychosis with Agenesis of the Corpus Callosum. Psychogeriatrics 2: 187-190, 2002
神経損傷とその修復に関する研究:脳神経外科領域における検討 |
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研究代表者 |
小川 彰 |
所属 |
脳神経外科学講座 |
共同研究者 |
小笠原 邦昭 |
所属 |
脳神経外科学講座 |
井上 敬 |
所属 |
脳神経外科学講座 |
キーワード(日本語)
磁気共鳴画像 |
画像診断 |
脳神経外科 |
臨床応用 |
|
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Key
Words (English)
magnetic resonance imaging |
diagnosis |
neurosurgery |
clinical usefulness |
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【背景・目的】
これまで臨床的には中枢神経損傷は非可逆的と考えられていた。近年機能的MRI等の非侵襲的脳機能評価が可能になり,脳の可塑性が確認されるとともに,再生医学の知見からも一概に中枢神経損傷が不可逆とは言えなくなってきた。本研究では各脳神経障害程度を定量的に評価し,その障害メカニズムおよび治療による修復過程を画像化することを目的とする。
【実験方法・材料】
対象は脳神経外科的疾患を有する症例とした。装置はGE製3.0
Tesla VH/iを使用した。対象は正常ボランティアおよび頭蓋内に疾患を有する症例とした。高解像度解剖画像はT2強調画像・プロトン強調画像・short TI inversion
recovery (STIR) 画像を撮像した。神経線維画像は拡散強調画像を撮像し, 3DAC画像および拡散テンソル画像を作成した。脳灌流画像は脳血液量および脳血流量を相対的に画像化した。機能的MRIは手掌握運動にて中心溝の同定を,
言語賦活にて言語優位半球の同定を試みた。
【結果】
高解像度画像ではこれまで臨床機では困難であった脳神経の描出, 脳微細構造と腫瘍性病変との解剖学的位置関係が鮮明に描出可能であった。解像度は約百ミクロンであった。病変部と正常組織との境界を明瞭に描出することが可能であった。STIR画像では大脳白質・灰白質がコントラスト良く描出された。撮像時間は1シーケンスにつき, 5-10分程度であり,
意識障害を有する症例においても,
検査可能であった。またファントムを用いた実験では既存の装置に比べアーチファクトの点で改善が必要であることが確認できた1)。
3DAC画像および拡散テンソル画像においても, 既存の装置での画像に比べ, 良好な空間解像度, 組織コントラストで大脳投射線維,
交連線維が描出可能であった。錐体路, 視放線のみならず, 脳幹部を走行する微細な白質神経走行を把握可能であった2)。脳主幹動脈閉塞性症例において,既存のMR画像では描出困難な神経線維損傷を定量的に画像化することが可能であった3)。また,脳腫瘍例では術前診断においてこれまで鑑別困難であった腫瘍病理所見を拡散テンソル画像にて,予想可能であることが示唆された4)。
脳灌流画像では造影剤を使用せずに脳血流量の相対値画像が撮像可能であった。さらに造影剤を使用することにより, 脳血液量,
平均通過時間を求めることが可能であった。得られた画像は, radio isotopeを使用したこれまでの手法と比較したが, 良い相関が得られた。慢性脳虚血例においては, 脳循環予備能と脳灌流画像との間に相関が見られた。放射性同位元素を使用しなくとも脳循環予備能を評価できる可能性が示唆された。
機能的MRIでは中心溝は全例で同定可能であった。言語優位半球においては意識障害の強い例で同定困難な例が存在した。また頭蓋内疾患を有する例で, 言語優位半球の後天的偏位を示唆する症例があった。
【考察と展望】
高解像度画像で正常構造の把握, 病変部との解剖学的位置関係は描出可能であった。脳主幹動脈閉塞性病変において経時的評価を行った結果,外科的血行再建術が神経損傷回復に有効である可能性が示された。
3DAC,
拡散テンソル画像を用いることにより, 慢性期脳虚血例において白質神経障害を, 超高磁場MRI装置で画像化できる可能性が示唆された。また3DACで術前後評価を行った報告は少数であったが5),
本プロジェクトにおいて多数例の経時的な評価を行うことができ, 長期にわたる軽度白質神経障害は可逆的である可能性が示唆された。さらに臨床機での評価では解像度が十分でなく微細脳構造と患者予後との関係が限られた領域でのみ行われていたが超高磁場MRI装置ではより詳細な検討が可能であり, 神経修復過程画像化の臨床応用として期待される。
脳灌流画像は造影剤やRIを使用せず, 虚血脳を多因子で評価可能であった。問題点としては, 撮像枚数に制限があり, 全脳評価が困難であったことがあげられる。現在はグラフィックワークステーションを用い,PET画像との融合を行うことで,この欠点を克服している。
機能的MRIは統計画像でありその精度には限界がある。今回の結果からは超高磁場MRI装置による機能的MRIは十分な精度で中心溝,
言語優位半球を同定可能と考えられる。本プロジェクトでは実際の脳神経外科手術において, 機能的MRIの精度を確認しており,
より信頼度が高いと考えられる。また言語野の後天的偏位が示唆されたことは, 脳機能の可塑性を考える上で興味深い知見であった。高解像度画像, 拡散強調画像,
機能的MRIを患者多数例に経時的に施行し,
また手術前後に検査することにより,神経損傷回復過程および手術の効果を客観的・定量的に評価可能であった。
≪研究業績≫
1)
Matsuura
H, Inoue T, Konno H, Sasaki M, Ogasawara K, Ogawa A: Quantification of
susceptibility artifacts produced on high-field magnetic resonance images by
various biomaterials used for neurosurgical implants. Technical note. J Neurosurg 97, 1472-1475, 2002
2)
Kashimura H, Inoue T, Ogasawara K, Ogawa A: Preoperative
evaluation of neural tracts by use of three-dimensional anisotropy contrast
imaging in a patient with brainstem cavernous angioma:
technical case report. Neurosurgery 52,1226-1229, 2003
3)
Inoue
T, Ogasawara K, Konno H, Ogawa A, Kabasawa H:Diffusion tensor imaging in patients with major cerebral
artery occlusive disease. Neurol Med Chir, 43,421-425, 2003
4)
Beppu T, Inoue T, Shibata Y, Kurose A, Arai H,
Ogasawara K, Ogawa A, Nakamura S, Kabasawa H:
Measurement of fractional anisotropy using diffusion tensor MRI in supratentorial astrocytic tumors.
J Neurooncol 63:109-116, 2003
5)
Inoue T, Shimizu H, Yoshimoto T, Kabasawa H:
Spatial functional distribution in the corticospinal
tract at the corona radiata: a three-dimensional
anisotropy contrasat study. Neurol
Med Chir 6: 293-299, 2001
[11C]コリンの有用性に関する基礎的検討とPET用標識薬剤の迅速,簡便な合成法の開発 |
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研究代表者 |
寺崎 一典 |
所属 |
サイクロトロンセンター |
共同研究者 |
世良 耕一郎 |
所属 |
サイクロトロンセンター |
根本 優子 |
所属 |
口腔微生物学講座 |
|
小豆島 正典 |
所属 |
歯科放射線学講座 |
キーワード(日本語)
[11C]コリン |
遺伝子発現 |
自動合成 |
細胞周期 |
バイオラジオグラフィー |
PET |
Key
Words (English)
[11C]Choline |
gene expression |
automated synthesis |
cell cycle |
bioradiography |
PET |
【背景・目的】
[11C]コリンはFDGに代わる臨床PET用薬剤として期待されている。本研究では,新たに開発したオンカラムメチレーション法(参1)に基づく[11C]コリン自動合成装置を製作し,その性能評価を行うとともに,[11C]コリンがどのようなメカニズムで腫瘍に集積するのか明らかにし,[11C]コリン-PETの有効性,診断精度の向上に寄与することを目的とする。また,[11C]コリンの動態解析をアセチルコリンの生合成と放出を指標として行う。このほか神経伝達機能,特に,ドーパミン受容体,アセチルコリン受容体測定用の標識薬剤の簡便で実用的な合成法の開発を行う。
【実験方法・材料】
1.固相抽出用カラム上の標識反応(オンカラム法)による[11C]コリン自動合成装置を設計,製作し,自動化のための最適な条件を検索する。
2.培養細胞周期を同調させ,FDGおよび[11C]コリンの集積と細胞周期との関連と両者の相違について解析する。
3.ホスファチジルコリン生合成関連酵素の遺伝子発現をRT-PCR法とノーザンブロッティング法を用いて調べ,[11C]コリンの集積との関連を調べる。
4.新鮮脳組織切片を用い,[11C]コリンからアセチルコリンの合成と放出についてバイオラジオグラフィー法で分析する。
5.標識前駆体の[11C]メチルトリフレートとループ標識法による自動合成装置を開発し,ドーパミンD2受容体測定用の[11C]ラクロプライドとムスカリン受容体測定用の[11C]3NMPBの自動合成法を確立する。
【結果】
1.電流値30µA,10分間の陽子ビーム照射で,約130mCi (3.8GBq) の[11C]コリン注射剤が得られた。合成収率は88%,合成時間は16分を要した。残存する基質量は使用量の1万分の1以下であることが確認された。標識合成の場として使い捨てカラムが使用できる利点とともに,合成装置の構造が大幅に簡素化された。作製した装置と本合成法はPET利用において実用性に優れていた4)。
2.FDGの取り込みはS期中期に最大となり,G1期では最小となった。[11C]コリンではG2/M期で最大であった。FDGはDNAの合成に伴って細胞に取り込まれるのに対して,[11C]コリン集積のピークは細胞分裂時であり,両者の取り込みにはそれぞれ細胞周期依存性があることがわかった。
3.腫瘍組織のコリンキナーゼ(CK) mRNAはNorthern blot解析結果より約3倍の発現増大を認めた。一方,CTP:phosphocholine cytidylyltransferase(CCT)では変化がなかった。腫瘍はコリンからホスホコリンへの代謝を促すことでコリン取り込みを増大させていることが示された。
4.脳切片への[11C]コリンの集積は線状体で高値を示し,脱分極刺激でAchは放出された。無酸素処理によって低下した[11C]コリンの取り込みは線状体においてはアセチル-L-カルニチン処理によって改善した。
5.[11C]メチルトリフレートからのループ標識合成法によって[11C]ラクロプライド,[11C]3NMPBが迅速,効率的に合成された。標識体の精製はHPLCで行うことで高品質の注射剤が得られた。
【考察と展望】
FDGは糖代謝トレーサであり生理的に正常組織へ集積するため,例えば,脳への小さな転移癌などの検出が困難であった。一方,[11C]コリンはFDGの欠点を補う優れたPET用標識薬剤であることが臨床PETで示されている。コリンは主に細胞膜のリン脂質の構成成分として機能していることから,[11C]コリンの腫瘍集積機序に関して,ホスファチジルコリン(PC)生合成に統合されると推測されている。腫瘍組織を用いた検索により,PC生合成酵素,特にコリンキナーゼの関与によってコリンを中性化合物に変換して多量に細胞内に取り込む機構の存在が示唆された。今後はコリントランスポーターなどコリンの輸送因子に関与を含めた総合的解析が必要と思われる。また,FDGおよび[11C]コリンの集積は各々異なる細胞周期に依存していることが明らかになったことから,PET画像診断の解釈はトレーサの集積特性を考慮することが重要である。
バイオラジオグラフィー法は機能・代謝として生きている臓器スライスでの二次的分子イメージングを可能にする手法である。脳組織切片での[11C]コリンからアセチルコリン(Ach)の代謝を合成と放出の点から解析した結果,無酸素処理では脳虚血時に生じるAch代謝の低下の原因の一つはミトコンドリア機能の低下によるエネルギー産生とそれに伴うコリン供給の低下によるものであると推察された。
[11C]メチル化反応操作の自動化に着目して,[11C]メチルトリフレートを用いるループ標識法が開発された。これは,細いチューブをループ状にしたものを反応容器として用い,チューブ内壁を濡らす少量の反応液に標識前駆体を捕集・反応させる迅速で効率的なフロー型の標識合成法である。この方法の優れた特性を利用して数種のレセプターリガンドの合成を試みた結果,臨床応用が可能な収量,品質の注射剤の製造に成功した。本法によってほとんどの[11C]メチル標識薬剤が合成可能であることが示された2)。
≪参考文献≫
(1) Pascali C et al.: Labelled
Cpd Radiopharm 43:
195-203, 2000
≪研究業績≫
1)
Iwata R, Pascali
C, Bogni A, Flumoto S, Terasaki K, Yanai K: [18F]Fluoromethyl triflate: a novel
and reactive [18F]fluoromethylating agent:
preparation and application to the on-column preparation of [18F]fluorocholine. Appl Radiat Isot 57:
347-352, 2002
2)
Terasaki K, Takahashi K, Sasaki M, Shozushima M,
Iwata R: Adaptation of an automated [11C]methylation
system for the loop method using [11C]methyl triflate.
Radioisotopes 2003 (in press)
3)
Ogasawara K, Ito H, Sasoh M, Okuguchi T, Kobayashi M,
Yukawa H, Terasaki K, Ogawa
A: Quantitative measurement of regional cerebrovascular
reactivity to acetazolamide using 123I-N-isopropyl-p-iodoamphetamine
autoradiography with SPECT: validation study using H215O
with PET. J Nucl Med 44: 520-525, 2003
4)
Ogasawara K, Okuguchi T, Sasoh M, Kobayashi M,
Yukawa H, Terasaki K, Inoue
T, Ogawa A: Qualitative versus Quantitative Assessment of cerebrovascular
reactivity to acetazolamide using
iodine-123-N-isopropyl-p-iodoamphetamine SPECT in patients with unilateral
major cerebral artery oocclusive disease. AJNR
24: 1090-1095, 2003