U―1 

病態解明部門(生理部門)の研究概要と各プロジェクトの成果

 

病態解明部門(生理部門)研究概要

 

ハイテクリサーチ申請時の研究課題と主な研究者

 

·   中枢神経におけるシナプス伝達の長期増強・抑制作用発現に関わる細胞内シグナル伝達機構

 

所属・職

研究者名

生理学第一・教授

講師

助手

佐々木 和彦

高島 浩一郎

木村 真吾

 

ハイテクリサーチ選定後の具体的な研究課題と主な研究者および役割 (平成11年〜15)

·   神経組織の細胞内シグナル伝達機構の研究 *

所属・職

研究者名

研究開発プロジェクトにおける研究課題

研究開発プロジェクトでの役割

解剖学第二・講師

小野寺

·   ヒト脳の神経回路の特異性の解析

·   赤核や中脳諸核の線維連絡を解析

神経精神科・助教授

鈴木 満

·   大脳白質の生後発達と加齢変化

·   大脳白質グリア細胞の生後発達の形態学的解析

脳神経外科・助教授

医員

医員

土肥 **

西川 泰正**

幸治 孝裕 **

·   脳血管平滑筋の収縮機構の解析

·   脳血管平滑筋のRho-kinasePI3-kinaseによる収縮増強機構の解析

解剖学第二・助手

齋野 朝幸

·   脳の細動脈のCa2+イメージング

生理学第一・教授

講師

助手

佐々木 和彦

木村 眞吾

川崎

·    シナプス伝達の長期増強と抑制の細胞内調節機構の解明

·   K+チャネルを開くAMPA型受容体応答の解析

·   受容体応答の単量体型G蛋白による調節機構の解析

解剖学第二・教授

助手

佐藤 洋一

齋野朝幸

·    Ca2+イメージングを用いた神経組織の細胞内シグナル伝達の研究

·   Ca2+イメージングによる神経組織構成細胞の反応性解析

·   イメージングにおける光障害の検討

生理学第一・講師

高島  浩一郎

·    神経組織におけるニューロステロイドの意義と作用機構の研究

·   ステロイドホルモンによるアメフラシ神経細胞の受容体応答の修飾機構の解析

薬理学・助手

工藤 賢三

·   ステロイドホルモンが神経伝達物質放出に及ぼす影響の解析

薬理学・助教授

 

立川 英一

 

·   副腎髄質細胞のカテコールアミン放出を指標とした神経様細胞に及ぼす効果

·   薬用人参成分による副腎髄質細胞の抑制作用を解析

 

* 研究テーマを,生理機能全体に広げて,当初の構成メンバーに加え,脳組織の生理機能解析を研究テーマとするスタッフが,この部門に移動あるいは新規参入した。

** 研究した場所は第一生理学講座

 


神経損傷の病態を解明する際に,神経組織の生理機能の解明が前提となる。もっとも神経組織の生理機能と言っても多岐にわたり,その全てを網羅的に調べることは,人的資源が限られているため不可能である。そこで,研究員各自が得意とする分野に集中して仕事をおこなった。また,複数の講座で類似の研究テーマで仕事をしている場合は,定例のスタッフミーティングで積極的な意見交換をおこない,情報やノウハウの共用による研究の効率化を図った。

1)                形態学的手法で,錐体外路系に分類される赤核や中脳諸核の線維連絡を比較解剖学的に検討したところ,ヒトの線維連絡はかなり特殊であることがわかった。これは不随運動や運動失調を考慮する際に,実験動物から得られた知見を単純に外挿できないことを示唆している。

2)                AstrocyteteOlogodendrocyteから成るグリア細胞配列が,大脳白質の生後発達のみならず脳損傷語の髄鞘再形成において重要な機能を担うことを明らかにした。また,加齢とともに増加する大脳白質血管障害の部位特異的な病態の存在を示唆する所見として,大脳白質に特徴的な血管周囲グリア細胞構造を見出した。

3)                アメフラシのニューロンを用いた電気生理学的実験で,グルタミン酸受容体応答やセロトニンに対する応答を指標として,シナプス伝達の長期増強・抑制作用発現に関わる細胞内シグナル伝達機構を解析した。これらの知見をもとにして,乳動物海馬スライス標本を用いた研究へ発展させている。

4)                脳血管平滑筋の収縮およびその増強機構を,電気生理学あるいはカルシウムイメージングで検討した。中大脳動脈のような太い血管におきる脳血管のスパズムは致死的であるが,それは血腫に含まれる様々な収縮発生物質や促進を引き起こす物質が血管平滑筋のシグナル伝達に不可逆的な異常を引き起こすためと考えられる。この様な増強作用はPI3-kinaseや単量体G蛋白のRhoとそのeffecter enzymeであるRho-dependent kinase が行っていることを明らかにできた。また,組織内微小循環に関与する細動脈の収縮を検討したところ,脳の細動脈はそれ以外の組織の細動脈とpurinergic 受容体のサブタイプが異なることがわかった。

5)                組織侵襲時に細胞外に逸脱したATPは,purinergic受容体を介して周囲の細胞を刺激する。その働きをアフリカツメガエルの卵細胞をモデルとして実験した。また,実際に神経組織に与える影響をカルシウムイメージングで検討したところ,ニューロンとグリアでは受容体が異なることが示された。異種細胞間ではカルシウム伝播が生じなかったが,上皮細胞では同種といえども細胞成熟度が異なると伝播が起きなかったことから,神経組織でも幼若あるいは老化ニューロンの反応性の相違を明らかにする必要があろう。ただし,光を照射は多かれ少なかれフリーラディカルの生成を引き起こすので,バイオイメージングの人工産物には気をつけなければいけない。

6)                神経組織に及ぼすステロイドの作用を,アメフラシのニューロンあるいは副腎髄質細胞を用いて検討した。神経組織においてステロイドホルモンは細胞膜上の受容体に働きかけて,各種伝達物質の受容体機能や放出機構を修飾することがわかった。

7)                各種天然物成分の薬理作用を,神経組織のモデルとして副腎髄質細胞を用いて検討したところ,かなりの成分Nicotinic Ach受容体または電位感受性Ca2+チャネルに作用し,副腎機能を抑制した。この結果は,天然成分をもとにした治療薬開発の可能性を示唆している。

 

 

各プロジェクト概要


 

赤核の線維連絡:運動制御系の進化(何故ゾウの鼻はヒトの手の様に働くか)

研究代表者

小野寺 悟

所属

解剖学第二講座

 

キーワード(日本語)

大細胞性赤核

小細胞性赤核

ダルクシエヴィッツ核

下オリーブ核

小脳

進化

 

Key Words (English)

magnocellular red nucleus

parvicellular red nucleus

nucleus of Darkschewitsch

inferior olive

cerebellum

evolution

 

【背景・目的】

赤核は一般に大細胞性部(赤核脊髄路)と小細胞性部(赤核オリーブ路)より成る。ヒトの赤核は小細胞性赤核に相当し,大細胞性赤核は痕跡的である。小川はネコなどの四足哺乳動物において見られる赤核は大細胞性赤核に相当し,小細胞性赤核に相当するのは下オリーブ核へ投射するDarkschewitsch核,Cajal間質核,Forel野核等より成る複合核で,ヒトの赤核に相当するものであるという仮説を提唱した(小川の小細胞性赤核)。

この概念は比較神経解剖学的研究に基づいて成されたものであるが,この小川の通説を検証するため,神経軸索流を利用したWGAHRP標識術を用いてネコの間脳・中脳領域から下オリーブ核への局在性投射を明らかにすることを試みた。次いで,新皮質の良く発達したヒト,クジラ,ゾウとネコの間で下オリーブ核への局在性投射の違いを文献的に比較検討し,この局在性投射の違いが,進化の過程で種に特有な形態的違いに結びついて来た事を提案する。即ち,中枢神経系の変革が種の分化の原動力として常に機能してきたことを比較神経解剖学的視点から明らかにするのが本研究の目的である。

 

【実験方法・材料】

ネコの下オリーブ核にWGAHRPを注入し,間脳・中脳領域において逆行性に標識された細胞体の分布を調べる。次にこの逆行性に標識された領域をWGAHRPで打ち分け,下オリーブ核に投射する終末を順行性に標識し,間脳・中脳領域から下オリーブ核への局在性投射の違いを明らかにした。

 

【結果】

WGAHRP注入実験により,ネコのDarkschewitsch核は内側副オリーブ核吻側半へ,Cajal間質核とForel野核は共に内側副オリーブ核の尾側半へ,Bechterew副核は主オリーブ核腹側板へ,小細胞性赤核背内側亜核と腹外側亜核は主オリーブ核背側板の吻側半と尾側半へそれぞれ限局的に投射することを明らかにできた。これにより,ヒト小細胞性赤核に相当するのは,小川の主張する下オリーブ核へ投射する全ての核ではない事が明らかとなった。即ち,ネコDarkschewitsch核,Cajal間質核,Forel野核はおもに副オリーブ核へ投射するため,ヒトの赤核の概念からは除かなければならない。それゆえ,主オリーブ核へ投射するネコのBechterew副核と小細胞性赤核背内側亜核と副外側亜核のみがヒトの小細胞性赤核に相当すると結論できる。

 

【考察と展望】

これまでネコの間脳・中脳領域から下オリーブ核への投射において,かなり詳細な部位局在関係が存在することを明らかにしてきたが,同時にこの間脳・中脳領域の諸核が大脳皮質や小脳核のみならず黒質(大脳基底核からのおもな出力路)からも投射を受けている事をも明らかにした (参1-4 小脳と大脳基底核では情報処理過程が別なので,皮質下のレベルにおいてお互いに投射経路が収束することはないと最近まで信じられていた。それゆえ,これらのデーターは大脳基底核が小脳の運動制御に直接的に影響を与える可能性を示唆している。即ち,間脳・中脳領域のこれらの諸核は,小脳を介しての熟練運動学習においてこれまで信じられていた以上に重要な位置を占めるものと思われる。

ヒトの手に相当する高度の熟練運動をおこない,発達した新皮質を持つ動物を霊長類以外の別の種に求めてみると,水族館でのイルカのショー(正確で素早いプロバスケットボール選手並みの動きでボールをシュートする)や,動物園でピーナッツを拾うゾウの鼻の繊細な動きが思い浮かぶ。いずれの動きもヒトと同様に小脳を介しての予測制御によるものである。ただ動作部位が手と違って体幹筋や鼻を構成する表情筋であるが,この様な部位的な違いは下オリーブ核の局在性投射の種による違いを反映しているものであろうか。

イルカは赤核脊髄路を欠き,大きな楕円核(Darkschewitsch核に相当する),良く発達した内側副オリーブ核と良く発達した中間小脳を持つ。この様な特殊化した神経回路は,良く発達した四肢を持つ古代クジラが,浅いテチス海の岸辺で,短期間のうちに四肢の退縮と体幹筋の発達をもたらし水中生活に適応した過程を示唆する。ゾウの楕円核(Darkschewitsch核)はヒトやネコ,クジラ,と違って良く発達した主オリーブ核背側板に強く投射し,同時に外側小脳半球も非常に良く発達している。この様な結合の変革を為し得てゾウの祖先は初めてヒトの手の様に働く鼻を得ることができたのである1)

近年の多次元尺度構成法を用いた哺乳類脳の部位ごとの量的解析は,線維連絡は全く問題にしていないものの(4),脳の型は進化の過程で種の分化に伴い急激に変革して来た事を示している。線維連絡をもとにした本研究結果をもとにすると,脳の変革が新たな形態を生み出す大きな原動力の一つであり,種の分化において脳の変革が先行するという仮説を新たに提案できる(論文投稿中)。 

 

≪参考論文≫

(1)     Onodera S: J Comp Neurol 227: 37-49, 1984

(2)     Onodera S and Hicks TP: J Comp Neurol 361: 553-573, 1995

(3)     Onodera S and Hicks TP: J Comp Neurol 396: 461-482, 1998

(4)     Clark DA et al.: Nature 411:189-193, 2001

 

≪発表業績≫

1)      Onodera S and Hicks TP: Evolution of the motor system: Why the elephant’s trunk works like a  human’s hand. Neuroscientist 5: 217-226, 1999


 

大脳白質の細胞構築と生後発達過程の形態学的研究

研究代表者

鈴木 満

所属

神経精神科学講座

共同研究者

川村 諭

所属

神経精神科学講座

間藤光一

所属

神経精神科学講座

奥山 雄

所属

神経精神科学講座

佐々木 克也

所属

眼科学講座

佐々木 由佳

所属

岩手県立中央病院精神科

池本 桂子

所属

国立療養所南花巻病院

西  克治

所属

滋賀医科大学法医学講座

 

キーワード(日本語)

大脳白質

アストロサイト

オリゴデンドロサイト

脳血管性障害

ヒト死後脳

 

 

Key Words (English)

cerebral white matter

astrocyte

oligodendrocyte

cerebrovascular disorder

postmortem human brain

 

 

【背景・目的】

人口の高齢化と画像診断機器の普及に伴い,大脳白質病変を随伴する高齢者精神疾患を経験する機会が増えており,老年精神科領域では大脳白質に優位な病変を有するwhite matter diseases (WMD)の病因解明が待たれている。しかし,大脳白質の構造には未だ不明の点が多く,WMDの病態理解のためには大脳白質の正常構造に関する研究を推進する必要がある。本研究では,既に報告したラット大脳白質のグリア細胞構築 (1)とその生後発達過程(2)に関する研究を発展させ,さらにヒト大脳白質の細胞構築についても観察を進める。

 

【実験方法と対象】 

正常成体ラットおよび生後0471014日の正常ラットを対象として,大脳白質(海馬采,脳梁,小脳髄質)のグリア細胞構築について,主として免疫組織化学的染色法ならびに透過型および走査型電子顕微鏡により観察した。ヒト死後脳の大脳白質についても同様の方法を用いて観察した。ヒト死後脳は,滋賀医科大学法医学講座および国立療養所南巻病院より提供され,岩手医科大学倫理委員会の承認を得て研究に用いた。

 

【結果】 

成体ラット大脳白質におけるoligodendrocyte突起と神経軸索との形態学的相互関係について走査型電子顕微鏡を用いて観察し,その突起の形状よりoligodendrocyteの多型性について検討した。ヒト死後脳大脳白質の観察では,大脳白質を構成する有髄軸索,血管,astrocyteoligodendrocytemicrogliaをそれぞれ形態学的に同定した。また,ラット大脳白質の血管周囲構造と大脳灰白質のそれを比較したところ,大脳白質の血管周囲に3種類のグリア細胞から成る細胞配列を特徴的に認めた。大脳白質ではastrocyte突起終末部が毛細血管全周を分節的に取り囲む像を認め,無作為に収集した透過電子顕微鏡による毛細血管横断像の比較では,大脳白質における毛細血管周囲astrocyte突起がより幅広であり,大脳灰白質のそれとの間に約3倍の面積差を認めた1, 2)。一方,ラットを用いた生後発達研究では,脳内プロテオグリカンの一つであるbrevicanの大脳白質における時空間的局在について調べ,髄鞘化進行中の生後3週を境にbrevicanの免疫染色性がoligodendrocyteからastrocyteに移行することを見いだした3)。さらに,髄鞘化初期におけるoligodendrocyteと無髄軸索との形態学的相互関係を透過型電子顕微鏡用連続切片から再構築し,初期髄鞘化を担当するといわれるtransitional oligodendrocyteの突起に3種類のphenotypeを認めた。

 

【考察と展望】 

本研究では,中枢神経系に特異的な「情報伝達のための臓器」といえる大脳白質の構造について様々な形態学的手法を用いて調べた。また,観察対象としてこれまでの海馬采に脳梁と小脳髄質を加えた。大脳白質は神経軸索,血管そして3種類のグリア細胞とそれらの突起から構成される複雑な構造体である。ラットで得られたこの所見はヒト大脳白質でも観察された。大脳白質病変は,その構成要素それぞれの病変の総和であることにとどまらず,これら構成要素の相互関係の破綻であると言える。血液脳関門の形成には,astrocyteが血管内皮細胞と相互的に関与すると言われており,WMDの病因を部位特異的な循環脆弱性という視点から探っていく上で,astrocyte突起の脳内毛細血管接触様式の部位差は重要な所見と考える。他にもmicrogliaの血液脳関門形成への関与,oligodendrocyteの低酸素に対する脆弱性などの報告があり,今後は血管内皮細胞を含めた血管周囲細胞間相互関係に焦点を当てた研究が必要である。一方,大脳白質の髄鞘化に関する細胞生物学的知見の積み重ねは,大脳白質損傷後の再髄鞘化機構を考える上で有用な情報を提供すると考える。これら正常ラットを用いた研究は,脳循環障害モデル動物などを用いた大脳白質病変の形態学的研究に発展させていく予定である。なお,ヒト死後脳を対象とした研究については,正常例に加え疾患例の大脳白質病変についても観察を進め,合わせて行っている臨床脳画像研究との統合を目指している。

 

<<参考文献>>

(1)     Suzuki M and Raisman G: Glia 6: 222 – 235, 1992

(2)     Suzuki M and Raisman G: Glia 12: 294 – 308, 1994

 

<<研究業績>>

1)      Suzuki M, Obara K, Sasaki Y, Matoh K, Kitabatake A, Sasaki K, Nunosawa F: Comparison of perivascular astrocytic structure between white matter and gray matter of rats. Brain Res (in press)

2)      Ogawa T, Suzuki M, Matoh K: Three-dimensional electron microscopic studies of the transitional oligodendrocyte associated with the initial stage of myelination in developing rat hippocampal fimbria. Develop Brain Res (in press)

3)      Ogawa T, Hagihara K, Suzuki M, Yamaguchi Y: Brevican in the developing hippocampal     fimbria: Differential expression in myelinating oligodendrocytes and adult astrocytes suggests a dual role for brevican in CNS fiber tract development.  J Comp Neurol 432:285-295, 2001

 


 

K+ 電流を発生するグルタミン酸受容体応答に対するリン酸化酵素および脱リン酸化酵素による調節作用

研究代表者

木村 眞吾

所属

生理学第一講座

共同研究者

川崎 敏         

所属

同上

渡辺 修二

所属

同上

佐々木 和彦

所属

同上

 

キーワード(日本語)

グルタミン酸受容体

K+チャネル

蛋白リン酸化酵素

蛋白脱リン酸化酵素

 

 

 

Key Words (English)

glutamate receptor

K+ channel

CAM kinase II

protein phosphatase 2A

 

 

 

【背景・目的】

グルタミン酸作動性シナプスは脊椎動物の中枢において,早い興奮性シナプス伝達を担うと共に,学習や記憶などのシナプス可塑性の場として知られている。このシナプスの機能的変化の引き金として,蛋白リン酸化・脱リン酸化酵素による細胞内シグナル分子の修飾によるシナプス伝達効率の可塑的変化が挙げられている。これに対して,抑制性のグルタミン酸作動性シナプス伝達については上記興奮性シナプスと同様な可塑性を持つかどうか不明な点も多い。我々はAplysia 神経細胞で温血動物のAMPA型に類似したグルタミン酸受容体を刺激すると K+ チャネルが開く抑制性受容体応答について調べたところ,この応答はG蛋白非依存性であるが,温度依存性が代謝型受容体の性質を示すことを見いだした1), 2), 3), 4)。本研究は,この受容体応答に対するリン酸化や脱リン酸化酵素の関与について検討し,さらに温血動物脳の神経細胞で同様な実験を試みた。

 

【実験方法・材料】

 Aplysia神経節を摘出し,人工血液を灌流しながら覆っている結合組織を除去し,個々の細胞表面を露出させた。2本のガラス微小電極を単一の神経節細胞に刺入し,膜電位固定下でグルタミン酸あるいは他の神経伝達物質を投与した場合に発生する電流応答を指標にした。種々の試薬や酵素はAplysiaリンガー液に溶かし細胞外から灌流投与したり,あるいは第三の電極に充填して細胞内に直接注入し,その効果を調べた。また,Wister rat の脳スライス標本を作製し,patch clamp recording法を用いて海馬CA1錐体細胞からの受容体刺激で発生する電流応答を記録した。

 

【結果】

 同定したAplysia神経節細胞にグルタミン酸受容体アゴニストの quisqualic acid (QA) を投与するとゆっくりとした K+ 電流応答が発生する。この応答はnon-NMDA受容体アンタゴニストCNQXで抑制された。しかし,G蛋白阻害剤GDP-bSを細胞内投与してもこの応答に全く影響を与えなかった1),2。さらにメタボトロピック型受容体は温度上昇で応答が増大するので,この点を試したところ,イオノトロピック型のGABAAを介するCl- 電流応答は外液温度の上昇により減少したがQA応答は増大した。 またこの応答は Ca2+ free灌流下で増大し,Ca2+ / calmodulin (CAM) inhibitor W-7の投与でも受容体のaffinityを変えずに増大した。非選択的 protein kinase inhibitor   H-7 CAM kinase II  inhibitor KN-93 の細胞内注入によっても何れの場合にも著しく増大した。このQA応答はまた, protein phosphatase (PP) 様作用を持つ2, 3-butanedione monoxime (BDM) の前投与でも増大した。 また,serine/threonine PP inhibitor calyculin A okadaic acid の細胞内投与では,わずかに抑制された。更に,calyculin A 注入後に同じ細胞でW-7 の効果を試したところ, QA 応答に対する W-7 による増強作用が完全に消失した。また QA 応答はPP2Aの注入によって著しく増大した。しかし,PP1または PP2Bの細胞内注入では影響を受けなかった。なおrat 海馬錐体細胞ではQAの投与により興奮性のcationic 電流応答が発生するが,この応答も温度上昇で増大した。

 

【考察と展望】

 以上の結果から,QA 投与による K+ 電流応答の発生にはG蛋白は介在しないが,この応答はCAM kinase II により抑制的に,一方, protein phosphatase 2A により促進的に調節されていることが推論された。近年,グルタミン酸受容体をアンカーしている様々なPSD蛋白のリン酸化,脱リン酸化がシナプス伝達効率を調節している事が多数報告されている。我々は最近,rat海馬錐体細胞でQA投与による興奮性のcationic 電流の発生を見ている。この応答も外液の温度上昇で増大するので,温血動物脳も含めて今後,これらの酵素の活性化機序,作用部位,あるいは介在蛋白の有無,他の受容体との相互作用,温血動物との対比等について更に詳しく調べたい。

興奮性のグルタミン酸受容体には機能特性や活性調節を異にする多数のサブファミリーが存在し,多様性を決定している事が多くの研究者によって報告されている。しかしながら,抑制性のグルタミン酸受容体応答は,G蛋白結合型受容体を介した経路がいくつか報告されているにすぎない1。特に今回の様に受容体刺激によってG蛋白非依存性にK+ チャネルが開くような報告は皆無である。 近年,神経のないラン藻類や植物においてK+ チャネルを選択的に開くイオンチャネル型グルタミン酸受容体 GluR0が発見されたり2GluRの相同遺伝子が見つかっている等,新たな知見が報告されている。従って,この受容体の性質と細胞内機構を明らかにすることは,生物の進化過程における受容体の構造及び性質の変化を説明する手がかりになるかも知れない。

 今回Aplysiaで示唆された経路は温血動物脳で知られている長期増強をトリガするメカニズムとは若干異なっている。しかし,最近我々が行ったrat 海馬錐体細胞でのAMPA型受容体チャネル応答での予備実験の結果では,今回と同様な経路をもつ可能性を示唆する結果が一部得られている。したがって,温血動物の脳においても今回の様なタイプの受容体応答が存在しており,上記のような酵素反応経路が働いて,シナプス伝達効率を変化させている可能性があると考えている

 

≪参考論文≫

(1)     Cleland TA: Mol Neurobiol 13: 97-136, 1996

(2)     Chen GQ, et al.: Nature 402: 817-821, 1999

 

≪研究業績≫

1)      Kimura S, Kawasaki S, Takashima K, Sasaki K: Physiological and pharmacological characteristics of quisqualic acid-induced K+-current response in the ganglion cells of Aplysia. Jpn J Physiol 51: 511-521, 2001


 

単量体型G蛋白Rhoによるセロトニンで発生する内向き電流応答の調節機構

研究代表者

川崎 敏

所属

生理学第一講座

共同研究者

木村 眞吾

所属

同上

渡辺 修二

所属

同上

佐々木 和彦

所属

同上

 

キーワード(日本語)

単量体型G蛋白

Rho

セロトニン

Na+チャネル

Ca2+チャネル

 

 

Key Words (English)

monomeric G-protein

Rho

serotonin

Na+ channel

Ca2+ channel

 

 

【背景・目的】

単量体型G蛋白Rhoファミリーは主にアクチン細胞骨格系に作用して,細胞の形態変化,運動,分裂,平滑筋収縮などを制御することが知られている。神経系においては,Rhoファミリーは幼若期の神経細胞の移動や神経突起の伸展を制御する。

最近,免疫組織化学的研究によりRhoファミリーは成熟した脳の至る所に豊富に発現しており,特にシナプス伝達の場である後シナプス肥厚部には強いF-アクチンの集積に加えていくつかのRho結合蛋白が存在することが確認されている。したがって,Rhoファミリーは幼若期脳に加えて成熟した脳でも神経細胞のシナプス機能を調節している可能性が考えられる。実際にAplysia脳でもRhoが機能していることを我々は発見した。本研究では,Aplysia kurodaiの神経細胞を用いて受容体刺激によるイオンチャネル応答に対するRhoファミリーによる調節の機構について検討した。

 

【実験方法・材料】

摘出したアプリシア神経節をアプリシア人工血液で灌流下,表面を覆っている結合組織を取り除き細胞を露出させた。二本のガラス微小電極を単一の細胞に刺入して通常の膜電位固定法下,5-HTなどの神経伝達物質を投与して受容体刺激した場合に発生する電流応答を測定した。伝達物質はアプリシア人工血液に溶かして10分おきに15秒間灌流によって投与した。第三の電極に種々の試薬又は蛋白を充填した後,同じ細胞に刺入して細胞内投与して受容体応答に対するこれらの試薬の効果を調べた。

 

【結果】

1)5-HTで発生する内向き電流応答に対するRhoの調節

 同定した細胞を静止膜電位に膜電位固定下,5-HTを投与するとゆっくりとしたNa+ 電流が発生する。この応答はコレラ毒素(CTX)感受性G蛋白を介して発生する。非水解性GTPアナログのGTPgSを細胞内投与したところ5-HT応答は最初に時間と共に顕著に増大し,やがて最終的には減少した。単量体型G蛋白Rhoファミリー(RhoRacCdc42)を阻害するClostridium difficile toxin B,あるいはRhoRhoA, RhoB, RhoC)だけを特異的に阻害するClostridium botulinum C3 exoenzymeを細胞内注入すると5-HT応答は著しく減少し,その効果は不可逆的であった。逆に,活性型のrecombinant RhoAを細胞内に注入した場合には,それ単独では内向き電流が発生しなかったが,5-HT応答は著しく増大した。一方,同じ細胞で記録したドーパミン受容体刺激で発生するK+電流応答やGABAA受容体刺激によるCl-電流応答,ニコチン様受容体刺激によるNa+電流応答などに対し,上記toxin BC3 exoenzyme,活性型RhoAはいずれも効果がなかった。

2)5-HTの電位依存性Ca2+チャネル促進作用に対するRhoの調節

上記と同じ細胞において,5-HTNa+電流応答を発生させると同時に電位依存性Ca2+チャネルのopeningを促進する。この応答もCTX感受性G蛋白を介して発生する。この5-HTCa2+チャネル促進作用はtoxin BまたはC3 exoenzyme を細胞内投与すると消失した。さらに,Rho-kinaseの阻害剤(Y-27632, HA1077)の細胞内投与によっても著しく抑制された。

 

【考察と展望】

以上の結果から,上記の二つの5-HT受容体応答は共に三量体型G蛋白によって媒介されることに加えて,単量体型G蛋白RhoファミリーのRhoAの活性化により促進的に調節されることが示唆された。目下の所,Rhoの活性化メカニズムや,Rhoの活性化以降どのようなエフェクターが関与してコレラの応答を増強するか,詳細なメカニズムは不明である。本研究からは,少なくとも5-HTの電位依存性Ca2+チャネルに対する促進作用に対してRhoRho-kinaseを介して調節していることが明らかである。今後,Rho-kinaseの作用部位および5-HTNa+電流応答を調節するRhoのエフェクターについても明らかにしたい。

Rhoは種々の受容体シグナルで活性化することが知られているが,三量体型G蛋白のうちG13のみがこれを媒介することが知られている。しかしながら,本研究で用いた細胞では,5-HT受容体とcoupleしているCTX感受性G蛋白もRhoを活性化している可能性が考えられるのでRhoの活性化機構についても今後検討したい。

これまで神経系におけるRhoの働きは,幼若期の神経細胞の移動や神経突起の伸展制御についての研究がほとんどであった。我々の用いたadultの神経細胞を用いた研究結果により,Rhoは,今まであまり注目されていなかった神経細胞の興奮性やシナプス伝達のefficacyを調節している事が示唆された。既述のようにRhoは成熟したratの脳の随所に発現していることが明らかになっているので,温血動物の脳においてもRhoの活性化がシナプス機能の調節に大きく関与していると考えられる。

 

≪研究業績≫

1)      Kawasaki S, Kimura S, Fujita R, Sasaki K: The small GTP-binding protein RhoA regulates serotonin-induced Na+ current response in the ganglion cells of Aplysia. Neurosci Res (in press)

 


 

脳血管平滑筋におけるagonist収縮の発生とその増強機構

研究代表者

治 孝

所属

生理学第一講座,脳神経外科学講座

共同研究者

西 川 泰

所属

生理学第一講座,脳神経外科学講座

肥 守

所属

脳神経外科学講座,国立療養所釜石病院

崎 敏

所属

生理学第一講座

村 眞

所属

同上

川 彰

所属

脳神経外科講座

佐々木 和彦

所属

生理学第一講座

 

キーワード(日本語)

脳血管攣縮

平滑筋

PI 3-キナーゼ

Rho-キナーゼ

Rho

G-蛋白

 

Key Words (English)

spasm

smooth muscle

PI 3-Kinase

Rho-kinase

Rho

G-protein

 

【背景・目的】

脳血管平滑筋収縮の発生においては,収縮発生物質に対する受容体の活性化に引き続き,細胞内Ca2+の濃度増大が引き金となってmyosine light chain (MLC20)がリン酸化されることがprimary eventである。しかし,受容体刺激で引き起こした収縮の時間経過と細胞内Ca2+濃度変化の時間経過は必ずしも一致せず,僅かなCa2+濃度の増大で大きな収縮が発生する場合もあることから,収縮を増強する機構の存在が考えられるようになった。これまで主にprotein kinase C (PKC)の活性化による増強機構が注目されてきた。最近これらの経路に加えて低分子量G蛋白のRho及びRho-kinase, さらにはPI 3-kinase が活性化して,収縮を増強している可能性が腸管平滑筋等で示唆されている。そこで本研究ではウシ中大脳動脈を用いてthromboxane A2受容体, serotonin (5-HT)受容体刺激による収縮の発生と増強におけるPI 3-kinase, Rho及びRho kinaseの関与について検討した。

 

【実験方法・材料】

ウシ中大脳動脈を採取し,サポニン処理により血管内皮を化学的に除去後,幅約3mmに切断してリング状標本を作製した。標本を潅流用chamberに懸垂し,種々の試薬を投与した場合の張力の変化を張力transducerにて測定した。収縮発生物質(agonist)として,40mM KCl (high K+)U-46619serotonin (5HT)endothelin-1 (ET-1)を用いた。収縮阻害剤(antagonist)として,W-7ML-7Calphostin CRo-31-8220 (Ro)LY 294002 HA-1077Y-27632を用いた。またG蛋白試薬として,Toxin Atoxin BおよびC3 exoenzymeを用いた。

 

【結果】

中大脳動脈リング状標本に20 nM U-46619300nM 5-HTまたはhigh K+を投与すると,U-46619では遅い 時間経過,5-HTまたはhigh K+では早い時間経過の収縮が可逆的に発生した。三者の収縮はCa2+-calmodulin阻害剤のW-7myosin light chain kinase (MLCK) 阻害剤のML-7で著しく抑制された。これらのantagonistの作用は可逆的であった。 PKC阻害剤のcalphostin C,またはRo31-8220は,両者ともET-1収縮を著しく抑制した。一方,同じ濃度のcalphostin C及びRo31-8220U-466195-HThigh K+収縮にはまったく効果がなかった。

PI 3-kinase 阻害剤のLY 294002U-46619 5HT収縮を強く抑制したがhigh K+ 収縮はごく僅かしか抑制しなかった。Rho kinase阻害剤のHA-1077Y-27632U-466195HT収縮を選択的に抑制した。さらに,LY 294002Y-27632を同時投与した場合のU-46619収縮(controlに対する相対値)はそれぞれの単独投与の場合の収縮(controlに対する相対値)の積で記述できた。一方,LY 294002W-7の同時投与ではこの様にはならなかった。また,Rho family G蛋白 (RhoA, B, C, Rac, Cdc42)に作用してG蛋白とeffector 間のcouplingを阻害するClostridium difficile toxin Bでリング状標本を37℃,48時間処理すると,high K+ 収縮に比較してU-466195HT収縮が著しく抑制された。Rho familyRho A, B, Cに選択的に作用し,G 蛋白とeffector enzymeとのcouplingを阻害するClostridium botulinumC3 exoenzymeでリング状標本を37℃,48時間処理した場合にも,high K+ 収縮に比較してU-466195HT収縮が著しく抑制された。

 

【考察と展望】

Agonist収縮で引き起こされたsmooth muscle contractionにおいて,Ca2+-sensitivityの増大による収縮の増強が起きていることはよく知られている。 最近Ca2+-sensitivityの増大の原因の一つとしてRho-kinaseによるMLC phosphataseの抑制による機構が指摘されている。本研究でもU-466195-HT収縮はRho-kinase拮抗薬のHA-1077Y-27632の投与によって著しく抑制された。この事から,ウシ中大脳動脈におけるU-466195-HT収縮はRho-kinaseの活性化による増強作用を受けている事が示唆された。また,LY 294002Y-27632の同時投与結果からPI 3kinase Rho Rho-kinaseと直列経路になっていると推論された。

一般にRho-kinaseの上流にはG蛋白のRhoが介在することが血管以外の標本で報告されている。本研究結果ではRho family G 蛋白のRhoA, B, CCdc42, Racmonoglucosylationして,これらのG蛋白とeffector enzymeと間のcouplingを阻害するtoxin Aならびにtoxin BRho familyのうちRho A, B, Cを選択的にADP ribosylationして,やはりG 蛋白とeffector enzymeとのcouplingを阻害するC3 exoenzymeで処理するとU-466195-HT収縮が選択的かつ不可逆的に阻害された。以上の結果からRho-kinaseの上流にRho A, Rho B, またはRho CのいずれかのG 蛋白が介在していることが強く示唆された。ただし,我々の実験からは,TXA25-HT receptorの活性化に続き,いかなる三量体型G蛋白の活性化が起こるのか,それに続いてRho-GEFの活性化が起きているか否か等については何ら推論できない。今後他の手法も用いて,receptorRhoの間にいかなるtypeの三量体G蛋白やRho-GEFが介在するのか明らかに出来ると考えている。

 

≪参考論文≫と≪研究業績≫

1)      Nishikawa Y, Doi M, Koji T, Watanabe M, Kimura S, Kawasaki S, Ogawa A, Sasaki K: The role of Rho and Rho-dependent kinase in serotonin-induced contraction observed in bovine middle cerebral artery. (in press).


 

脳細動脈壁平滑筋細胞の細胞内カルシウム濃度変動のイメージング

研究代表者

斎野 朝幸

所属

医学部解剖学第二講座

共同研究者

佐藤 洋一

所属

医学部解剖学第二講座

松浦 誠

所属

医学部解剖学第二講座

 

キーワード(日本語)

細胞内カルシウム

イメージング

ATP

共焦点レーザー顕微鏡

細動脈

平滑筋

 

Key Words (English)

intracellular calcium

imaging

ATP

confocal laser scanning microscopy

arteriole

smooth muscle

 

【背景・目的】100-300

血管壁平滑筋の収縮は,局所血流の制御に深く関わっている。ところがこれまでの血管の生理学的・薬理学的研究は,ほとんどが太い弾性動脈あるいは筋性動脈で行われてきており,身体の局所の血流調節及び血流に対する末梢抵抗を作り出し重要な役割を果たしている細動脈の生理機能は充分に調べられてきてはいない。私たちは,レーザー顕微鏡を用いることにより,細動脈の収縮の観察と,平滑筋の細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)のイメージングを可能とした。この方法を用いると,これまで観察困難であった細動脈の血管平滑筋の性状が解明できると期待される。

 脳血流は,脳の活動を規定する大きな要素である。本実験では,脳組織細動脈の平滑筋の[Ca2+]i 変動に着目して,画像解析をおこない,その反応特性を他の組織の細動脈と比較検討した。

 

【実験方法・材料】100-300

Wistarラット(8-12週,体重250-400g)を使用した。脳と精巣から細動脈を実体顕微鏡下で取り出し,純化コラゲナーゼで結合組織を消化した後,標本にCa2+感受性蛍光色素(Indo-1/AM)を負荷した。カバーグラスに組織付着剤にて標本を固着し,灌流チェンバーに移送して標本周囲を灌流した。灌流液中にNoradrenaline, Serotonin, ATP及びその類似体を添加し細胞内Ca2+濃度がどのように変動するか画像解析した。また,血管拡張剤(ジピリダモール)の薬理作用も検討した。測定には高速共焦点レーザー顕微鏡(Nikon RCM/Ab)を用いた。

 

【結果】500-800

作成した標本は紡錘形の平滑筋細胞が血管を輪状に取り巻いており,正常な組織構造を維持していた。この状態では多くの血管平滑筋細胞の [Ca2+]iは低く保たれており,自発的な[Ca2+]iの変動は認めなかった。

脳の細動脈標本で,灌流液中にNoradrenaline  (10-5 M) を加えると,一部の血管平滑筋細胞で[Ca2+]i の上昇とそれに引続く収縮が認められた。この上昇は一過性であり,細胞内カルシウム貯蔵場からの動員が主であった。Serotonin (10-5 M)ATP 10-5 M)ではほぼ全部の平滑筋細胞が反応し全周性の収縮が見られ,その反応は持続性であった。[Ca2+]i の上昇は,細胞内カルシウム貯蔵場からの動員と細胞外からの流入の2系統のメカニズムに因っていた。また,アゴニストや拮抗物質を用いて,脳の細動脈はP2XP2Y受容体を有することが示唆された。おもしろいことに,直径約50 µm以下の細動脈を境にしてSerotoninに対する反応性は失われていた。

精巣の細動脈では,Noradrenalineに対する反応性は脳と同様であったが,ATPに対する反応は細胞外からの流入によって引き起こされており,アゴニストとアンタゴニストの効果を検討した実験結果より,精巣の細動脈で機能しているプリン受容体はP2Xであると判断した。また,Serotoninに対する反応は細胞外貯蔵場からの放出が主であり,径の太さに関係なくSerotoninに対する反応性は確認できた。なお,平滑筋内のサイクリックGMPを増加させて血管拡張を引き起こすとされていたジピリダモールの効果を調べたところ,むしろカルシウム流入を抑制する働きが主であることが確かめられた。

 

【考察と展望】500-800

本研究では,各種刺激薬で細動脈壁平滑筋の[Ca2+]i上昇を明らかにできた。反応のしかたに関して,血管収縮物質の種類による違いに加え,臓器特異的な反応性の相違が観察された。

Noradrenalineの反応が限局的であるのに対しSerotoninATPは全体的な反応を引き起こした。Noradrenalineは交感神経末端から放出される神経伝達物質で,血圧上昇作用を有する。こためには全ての血管平滑筋を収縮させる必要はなく,ごく一部分が収縮すれば圧力を上げることで目的を達成できる。一方,ATPは傷害を受けた細胞はもとより,機械的刺激を受けた細胞や神経末端から放出され,Serotoninとともに血小板から放出される。止血という観点から考えると全周性に血管を持続的に収縮させるのは合目的といえる。

今回の結果では,精巣と脳ではATPSerotoninに対する血管平滑筋の反応性が異なっていたが,これは受容体の種類と分布がちがっていたためであろう。こうした臓器による差は,特定臓器の血流をコントロールする上で,考慮しなければならない事柄である。本実験でおこなった組織標本を用いた[Ca2+]iの画像解析法は,これまで解析困難であった細動脈の生理・薬理学研究に有用なツールになりうる。

 

 

研究業績

1)      Saino T, Matsuura M, Satoh Y: Application of real-time confocal microscopy to intracellular calcium ion dynamics in rat arterioles. Histochem Cell Biol 117: 295-305, 2002

2)      Saino T, Matsuura M, Satoh Y: Comparison of the effect of ATP on intracellular calcium ion dynamics between rat testicular and cerebral arteriole smooth muscle cells. Cell Calcium 32:153-163, 2003


 

FSH受容体及びアデノシン受容体応答に対するATP受容体刺激による抑制作用

研究代表者

藤田 玲子

所属

教養部化学科

共同研究者

木村 眞吾

所属

生理学第一講座

川崎 敏

所属

生理学第一講座

松本 光比古

所属

弘前大学医学部保健学科

平野 浩子

所属

教養部化学科

佐々木 和彦

所属

生理学第一講座

 

キーワード(日本語)

FSH受容体

アデノシン受容体

ATP受容体

プロテインキナーゼC

プロテインキナーゼA

KATP チャネル

 

Key Words (English)

FSH receptor

adenosine receptor

purinergic receptor

protein kinase C

protein kinase A

KATP channel

 

【背景・目的】

近年,個々のメタボトロピック受容体応答の発生の細胞内機構についてはかなり詳細に解明されている。しかし単一の細胞で異なる受容体応答間の相互作用に関する分子機構については未解明の事が多い。温血動物の脳スライス標本でこの様な研究を企てると,現段階ではまだ種々の技術的困難を伴う。そこで我々はアフリカツメガエルのoocyte を用いて卵胞細胞に見られるATP受容体によるアデノシン受容体及びFSH受容体応答の抑制作用を,異なる伝達系を介する受容体応答間の相互作用のモデルシステムと見なして,その細胞内機構について研究している。本研究では卵胞細胞形質膜にあるpurine受容体とFSH受容体又はAdenosine受容体が相互作用をもつ事を見つけてその細胞内機構を研究した。

 

【実験方法・材料】

アフリカツメガエルを麻酔下で腹部を切開して卵胞細胞付き卵細胞の房を摘出した後,実体顕微鏡下で個々の卵胞細胞付き卵細胞を単離した。これを灌流槽に固定してfrog  Ringer solutionにて連続的に灌流した。卵胞細胞と卵細胞はGAP junction により電気的に結合しており,かつ分子量1000以下の分子はこれを通過できるので,二本のガラス微小電極を卵胞細胞に刺入して卵胞細胞を介して細胞内記録をした。灌流液にATPFSHAdenosine を投与,または細胞内にcAMPを注入した場合に発生する電流応答 指標としてこれらに対する種々の試薬の効果を試した。

 

【結果】

標本にUTP又はATPを投与すると,早い内向き電流応答が発生する。プリン受容体antagonistを用いた実験からこの応答はP2Y受容体が活性化してGq, 続いて PLCが活性化してCa2依存性のClチャネルが開いて発生する電流であることが確かめられた。一方,同標本にFSH, またはAdenosine を投与した場合にはゆっくりとした外向き電流応答が発生した。また,cAMPを細胞内投与しても同様な応答が発生した。これら三者の応答の逆転電位は外液のK+濃度を変えるとK+に対するNernst の式に従って変化した。このことから,FSH またはAdenosine 受容体の応答はGs続いてadenylate cyclase の活性化によりK+チャネルが開いて発生することが確かめられた。

上記FSH またはAdenosine 受容体の応答はこれに先立ってUTP又はATPを前投与してP2Y受容体刺激をすると著しくかつ可逆的に抑制された。この時cAMP注入で発生するK+電流応答も同様に抑制された。さらにGq 続いて PLCの活性化で産生されるDAGによりPKCが活性化されるが,PKC exogenousに活性化するphorboldibutylate (PDBu)を前投与するとFSH応答,Adenosine応答,cAMP注入で発生するK+電流応答の三者とも抑制された。

同じ標本でsulphonylurea 受容体(SUR agonistsPCO400cromakalimpinacidildiazoxsideを投与するとこの順番で大きなK+電流を発生した。また,SUR antagonistsglibenclamidephentolaminetolbutamide は上記のcromakalim応答とFSHAdenosine応答を抑制した。さらにP2Y受容体刺激や,PDBuの前投与により上記cromakalim応答 FSHAdenosine応答の場合と同様に抑制された。

 

【考察と展望】

アフリカツメガエルの卵胞細胞にはP2受容体があることは既に報告されている。我々の実験では,この受容体はP2Yタイプと考えられる.内向き電流成分はIP3産生を介して,細胞内Ca2の増大を経てCa2依存性のCl-チャネルが開いて発生すると思われる。

本研究でアフリカツメガエルの卵胞細胞のFSH受容体とAde受容体を刺激するといずれもK+電流応答が発生する。Ade応答については, Dascal等もGs蛋白が介在しadenylate cyclaseが活性化して細胞内 cAMP が増大し,K+チャネルが開いて発生する事を報告している。従ってFSH応答も同様な細胞内機構で発生していると考えられる。また,ATP受容体が活性化するとCa2+依存性のCl-チャネルを開くと共に,PKCが活性化する。本実験ではPKC activatorPDBu の前投与により,ATPを前投与した場合と同様にAdeFSHの両応答はいずれも著しく抑制された。従って抑制効果はPKC によると考えられる。

我々の結果では,cAMPを卵細胞に注入して発生するK+電流応答もAdeFSH応答と同様にATP受容体刺激あるいはPDBuの前投与により抑制された。この結果からPKCによる抑制作用はcAMPの産生以後K+チャネルのopeningまでの間にある反応段階に作用していることが示唆される。即ち,cAMPPKAの相互作用,PKAの活性化,PKAKチャネルの相互作用の段階,或いはKチャネルそれ自身がその作用部位として考えられる。

上記に加えて,SUR agonistで発生する応答もP2Y受容体刺激やPDBu投与で抑制されたことを考慮すると,PKCの作用部位はSURKirチャネルの複合体(KATPchannel)のうちSURまたはKirチャネルであることが示唆された。

 

≪研究業績≫ 

1)      Fujita, R., Kimura, S., Kawasaki, S., Takashima, K., Matsumoto, M. and Sasaki, K.: ATP suppresses the K+ current responses to FSH and adenosine in the follicular cells of Xenopus oocyte. Jpn J Physiol 51: 491-500, 2001


 

ラット上頸神経節の神経細胞並びに衛星細胞,及び坐骨神経周膜の細胞内カルシウム濃度に及ぼすATPの効果

研究代表者

斎野 朝幸

所属

医学部解剖学第二講座

共同研究者

四戸 豊

所属

歯学部歯科麻酔学講座

熊谷 美保

所属

歯学部歯科麻酔学講座

佐藤 洋一

所属

医学部解剖学第二講座

 

キーワード(日本語)

細胞内カルシウム

イメージング

ATP

共焦点レーザー顕微鏡

上頸神経節

神経周膜

 

Key Words (English)

intracellular calcium

imaging

ATP

confocal laser scanning microscopy

SCG

perineurium

 

【背景・目的】100-300

 炎症や組織傷害時あるいは伝達物質放出時に細胞外に逸脱したATPは,周囲の細胞の反応を惹起する物質として注目されている。ペインクリニックではしばしば用いられる星状神経節ブロックの際には,刺入した針により組織が傷害されてATPが細胞外に逸脱していると考えられ,また,交感神経線維末端そのものにもATPが含まれており,伝達物質として働いている。末梢神経は扁平多角形の細胞からなる神経周膜に囲まれ,神経周膜は数層から十数層同心円上に神経束を囲むように配列することで神経線維を機械的な刺激から保護するとともにdiffusion barrierとしての役割を担っている。しかしながら,ATPが神経節のどの細胞の反応を引き起こすか,及び神経周膜に対するATPの効果についていまだよく解っていない。この点を明らかにするために,交感神経節細胞及び坐骨神経神経周膜のATPに対する反応を細胞内カルシウムイオン濃度([Ca2+]i)を指標として検討した。

 

 

【実験方法・材料】100-300

Wistarラット(8-12週,体重250-400g)を使用した。上頸神経節及び坐骨神経を取り出し,HEPES緩衝リンゲル液に滲漬し,これにCa2+感受性蛍光色素のIndo-1/AMを負荷した。その後カバーグラスに標本を付着させ,それごと灌流チェンバーに移送して標本周囲を潅流し,ATP及びその類似体の添加により細胞内Ca2+濃度がどのように変動するか確かめた。測定には高速共焦点レーザー顕微鏡(Nikon RCM/Ab)を用いた。

 

【結果】500-800

用いた標本は正常の形態を保っており,神経節細胞とその周りを取り囲む衛星細胞が確認できた。また,坐骨神経においては神経周膜が層状に神経を取り巻いていることが確認できた。

神経節ではATP刺激に対して衛星細胞のすばやい[Ca2+]iの上昇が生じ,次いで比較的ゆっくりした[Ca2+]iの上昇が神経節細胞に起った。衛星細胞の[Ca2+]iの変動は細胞外液のCa2+濃度に依存しており,a,b-methylene ATP P2X receptor刺激薬)により反応が引き起こされた。一方,神経節細胞における[Ca2+]iの上昇は,細胞内カルシウム貯蔵場からのCa2+放出によるもので,UTP P2Y receptor刺激薬)により反応が引き起こされた。

神経周膜に覆われない坐骨神経では,シュワン細胞はATP刺激に対して反応したが,神経周膜に覆われた状態ではATP に対して反応しなかった。神経周膜もATP刺激に対し,シュワン細胞と同様に[Ca2+]iの上昇が生じた。Lidocaineによって神経周膜におけるATP誘発性[Ca2+]i上昇は抑制された。High K+による膜の脱分極では[Ca2+]iは上昇しなかった。 神経周膜の[Ca2+]iの変動は細胞外液のCa2+濃度に依存しており,a,b-methylene ATPP2X receptor刺激薬)により反応が引き起こされた。

 

【考察と展望】500-800

ラット上頸神経節は,ATPに対して[Ca2+]i 上昇が起ることが示された。ATPはプリン受容体を介して反応し,この受容体にはイオンチャネルと連結したP2X受容体と,Gタンパクと共役しているP2Y受容体が区別されている。神経細胞はP2Y受容体を介する[Ca2+]iの上昇を引き起こしたが,それに先だって衛星細胞のP2X受容体を介する[Ca2+]iの上昇が観察された。これはATPが交感神経系の機能調節に与かっていることを示唆している。衛星細胞と神経細胞のATP反応におけるタイムラグが存在した。この意義やメカニズムについてはまだ分からないが,一つの可能性として神経細胞は,衛星細胞に密に囲まれているのでATPが浸透しづらいということがあげられる。あるいは,衛星細胞からパラクラインとしてATPが出ている可能性も考えられる。

神経周膜は形態的にbarrier機能の存在が報告されてきたが,ATP に対して機能的にもbarrier機能が存在することが示唆された。また,今回の結果から,細胞がP2X受容体を有しこの受容体を介して[Ca2+]iが上昇することが示唆された。また,臨床的に神経周膜の透過性の変化は,ニューロパチーや浮腫と関係があることが報告されており,本研究においてLidocaineによってATP 誘発性[Ca2+]i  上昇が抑制されるのは,その透過性の亢進を抑制する働きがあるのではないかと考えられた。

 

≪研究業績≫

1)      Shinohe Y, Saino T: Effects of ATP on intracellular calcium dynamics of the perineurium of peripheral nerve bundles. Histochem Cell Biol 114: 497-504 2000

2)      Kumagai M, Saino T: Effects of ATP on intracellular calcium dynamics of neurons and satellite cells in rat superior cervical ganglia. Histochem Cell Biol 115: 285-292, 2001


 

細胞の成熟度と細胞内カルシウム変動の関係について

研究代表者

佐藤 洋一

所属

医学部解剖学第二講座

共同研究者

久保・渡辺抄子

所属

医学部眼科学講座

似鳥 徹

所属

医学部解剖学第二講座

森 志朋

所属

医学部皮膚科学講座

 

キーワード(日本語)

細胞内カルシウム

細胞核内カルシウム

角膜上皮

共焦点レーザー顕微鏡

イメージング

ATP

 

Key Words (English)

intracellular calcium

intranuclear calcium

cornea epithelium

confocal laser scanning microscopy

imaging

ATP

 

【背景・目的】

細胞内カルシウム濃度変動([Ca2+]i)は,細胞の運動や分泌のみならず分裂・増殖そして細胞死に関与していることから,細胞の分化度をコントロールしていると考えられる。一方,老化ラットと新生仔ラットの脊髄後根神経節細胞を比較すると,刺激時の[Ca2+]i上昇は新生仔ラットのものほど大きいものの,刺激後の戻りは速かった(自験例:未発表)。このことは,分化度(成熟度)の相違が[Ca2+]i 変動に影響を及ぼしていることを意味する。

細胞核内のカルシウム濃度変動([Ca2+]n)は細胞質の[Ca2+]iに随伴して起きるものと思われていたが,最近ではむしろ細胞核も独自のCa2+動員機構を有すると見なした方が良いという見解が出されている。[Ca2+]n変動を観察するためには空間的解像度に優れた顕微鏡を用いるだけでなく,細胞核とその周囲の小器官が弁別しやすい扁平な細胞を標本系とした方が良い。そこで本実験では,分化度に相違のある細胞からなる角膜上皮を用いて,[Ca2+]i変動の相違を,組織標本と培養細胞標本を用いて検討した。

Adenosine-triphosphate (ATP)は細胞のエネルギー源となっているだけでなく,末梢神経の末端や損傷細胞から放出され,細胞外において情報伝達の一翼を担っている事が明らかにされており,角膜上皮細胞においても[Ca2+]i 変動を引き起こすことがわかっている1)。そこで本研究では,組織の再生・修復機構解明の観点から,角膜上皮細胞の刺激物質として ATPを用いた。

 

【実験方法・材料】100-300

培養細胞: ヒト角膜上皮細胞株をクラボウより購入し,培養した。培地にはEpilife®を用い,2−3日後にカバーグラス上に細胞がconfluentに発育した時点で,実験をおこなった。一部の標本では,Mitotrackerでミトコンドリアを染め出した。

角膜上皮組織: ネンブタール深麻酔下で日本白色種家兎の眼球を取り出した。眼球から角膜を切り出し,dispase (タンパク質分解酵素) にて角膜上皮層を結合組織からなる実質から剥離した。カバーガラス上に標本を接着し,灌流チェンバーに移した。今回用いた角膜上皮標本を電子顕微鏡で観察したところ,正常な層構造を保っており,細胞内の微細構造に著明な変性像を認めなかった。また,ギャップ結合の構成タンパク質であるコネキシン50の局在を,ABC法を用いて免疫組織化学的に観察した。

カルシウム測定: 蛍光 Ca2+指示薬 Fluo-4/AM,あるいはIndo-1/AM を負荷した。HEPES緩衝リンゲル液にて標本周囲を持続的に灌流し,灌流液中に ATP または ATP 関連化合物 を加えた時に惹起された蛍光強度の変化を,高速走査型の共焦点レーザー顕微鏡(Nikon RCM/Ab)を用いて解析し[Ca2+]iを算定した2)。また,microinjectorATPの局所投与をおこない(Eppendorf 5254),細胞間の[Ca2+]i変動の伝播を観察した。

 

【結果】500-800

ATP (1, 10 µM)で,培養ヒト角膜上皮細胞の[Ca2+]iが上昇した。各種アゴニストとアンタゴニストの効果を解析した結果ATPによる[Ca2+]i上昇は,P2Y受容体を介するもので,Gタンパク質の賦活化を経てPLCによってイノシトール三リン酸 (InsP3) を産生させ,さらにInsP3は細胞内カルシウム貯蔵場である小胞体および核膜槽からのカルシウム動員を引き起こしていると考えられた。また,[Ca2+]n 変動は[Ca2+]i に比べて大きかった。

ATPによるカルシウム上昇は,まず最初に核周囲部や核膜槽に生じ,その後に核内ならびに細胞周辺部へと拡がっていった。核周囲部にはミトコンドリアも集積しているが,カルシウム上昇部位とミトコンドリアの局在は一致していなかった。またATPを局所投入したところ,細胞間におけるカルシウム波の広がりが生じたが,この広がりはギャップ結合の連関阻害薬のOctanolで抑えられた。

培養細胞と同様に,ウサギの角膜上皮でもATP あるいは UTP (10 µM) を灌流液中に加えることにより,[Ca2+]iが上昇した。中間の翼細胞層では[Ca2+]i の律動的な変動が観察され,その変動は近接した細胞どうしでしばしば同期していた3)。最表層の扁平な細胞は,ATPに対する反応は大きいものの律動的変動は弱く,基底部の幼弱な細胞は[Ca2+]iの変動そのものが弱かった。

局所的に中間翼細胞層にATP刺激を加えたところ,[Ca2+]iの変動は,翼細胞層内で伝播したものの,表層細胞層や基底細胞層へは拡がっていかなかった。細胞間に見られる[Ca2+]i変動の伝播はOctanolで抑制されたことから,[Ca2+]i変動の広がりにギャップ結合が関与していると考えられた。抗コネキシン50抗体で免疫組織化学をおこなうと,中間翼細胞が強く染め出された。

 

【考察と展望】

 [Ca2+]n 変動は[Ca2+]i により大きく影響を受けているがその上昇度が大きいことから,独自のCa2+動員機構があると思われた。これは,核膜槽がカルシウム貯蔵場としてかなりのボリュームを占める小胞体と連絡していることと無縁ではない。今回の実験では,ATP刺激で最も強い反応を引き起こすのが中間翼細胞であり,細胞間のシグナル伝達にも相違が認められた。このことは細胞の成熟度に応じて,[Ca2+]i  の変動パターンが異なることを証明している。分化度による相違を明らかにすることは,組織の再生・修復機構の解明に役立つと思われる。今後は,[Ca2+]i 変動と[Ca2+]n変動が細胞の分化増殖あるいは細胞死にどのように関連しているか,神経系の細胞で検討したい。

 

≪研究業績≫

1)      Kimura K, Nishimura T, Satoh Y: Effects of ATP and its analogues on [Ca2+]i dynamics in the rabbit corneal epithelium.  Arch Histol Cytol 62: 129-138, 1999

2)      Satoh Y, Nishimura T, Kimura K, Mori S, Saino T: Application of real-time confocal microscopy for observation of living cells in tissue specimens. Human Cells 11: 191-198, 1998

3)      Kimura K, Yamashita H, Nishimura T, Mori S, Satoh Y: Application of real-time confocal microscopy to observations of ATP-induced Ca2+-oscillatory fluctuations in intact corneal epithelial cells.  Acta Histochem Cytochem 32: 59-63, 1999

4)      Kubo-Watanabe S, Satoh Y, Saino T: ATP-induced [Ca2+]i changes through gap-junctional communication in the corneal epithelium. Jap J Ophthalmol 46: 479-87, 2002

5)      Kubo-Watanabe S, Goto S, Saino T, Tazawa Y, Satoh Y: ATP-induced [Ca2+]i changes in the human corneal epithelium. Arch Histol Cytol 66: 63-72, 2003

 


 

バイオイメージングと光障害

研究代表者

佐藤 洋一

所属

医学部解剖学第二講座

共同研究者

斎野 朝幸

所属

医学部解剖学第二講座

似鳥 徹

所属

医学部解剖学第二講座

森 志朋

所属

医学部皮膚科学講座

 

キーワード(日本語)

一酸化窒素

細胞内カルシウム

光障害

共焦点レーザー顕微鏡

神経細胞

肥満細胞

 

Key Words (English)

nitric oxide

intracellular calcium

photodamage

confocal laser scanning microscopy

nerve cell

mast cell

 

【背景・目的】

体内において,フリーラディカルは,種々の生体反応を引き起こしている4)。とりわけ一酸化窒素は,生体内シグナルとしての意義が大きい。神経系の各種疾患でも,フリーラディカルの一種である一酸化窒素が増加していることがわかっている。けれども,組織や細胞内における局所的な増減をモニターするところまで至っていない。

一方,コンピュータと画像解析装置の急激な発達に伴い,細胞内カルシウムイオンをはじめとして多くの物質の動態を,生きた細胞・組織でイメージングできるようになっている。これには,物質濃度を特異的に検出する蛍光プローブの開発(例えば,Ca2+用のFura-2Fluo-4)と,レーザー顕微鏡の普及も大きく寄与している。最近開発されたDAF-2は,一酸化窒素を特異的に検出する蛍光プローブとして着目を集めている(参1) そこで,この試薬がイメージングに使えるかどうかを検討し,次いで神経組織においてどのような変化が起きるか観察した。これによって,神経組織の老化や細胞死における,一酸化窒素の関与を明らかにすることができると期待される。

 

【実験方法・材料】

験には,ラット腹腔内肥満細胞と,ゴールデンハムスター脊髄神経節を用いた。いずれも炭酸ガス殺処分の後,実験をおこなった。

肥満細胞は,腹腔内にHEPES緩衝リンゲル液注入して,数分揉んだ後に,液を回収し,遠心して細胞集団を得た1) 脊髄神経節は,脊柱管を切開いて,内側より神経節を椎間孔より引抜いた後,コラゲナーゼを含むHEPES緩衝リンゲル液で結合組織を消化し,軽くピペッティングを加えた。完全に単離した細胞では,生体内における細胞間のシグナル伝達を解析できないので2),複数個の脊髄神経節細胞とその周囲の衛星細胞からなる細胞塊を標本とした。

肥満細胞,あるいは神経細胞塊に,カルシウム感受性蛍光プローブのFluo-4Indo-1Rhod-2又はフリーラディカル感受性蛍光プローブのDCFや一酸化窒素感受性蛍光プローブのDAF-2を負荷し,リアルタイム共焦点顕微鏡で蛍光強度の変化を画像解析した1, 3)。肥満細胞のGタンパク質を刺激するCompound 48/80,あるいは組織損傷時に細胞外に放出されるATPを,これらの標本を刺激するものとして用いた。加えて,一酸化窒素供与体やアルギニン,酸化ストレス(過酸化水素水や強い光照射)を加えた際の,細胞内カルシウムと一酸化窒素の変動を観察した。

 

【結果】

細胞内カルシウムの上昇に伴い,一酸化窒素合成酵素の活性が高まり,一酸化窒素の産生が増大するといわれている。そこで,上記のカルシウム濃度を上げる条件で細胞・組織を刺激して,一酸化窒素濃度変動を検討したが,DAF-2の蛍光強度は全く変化しなかった。一方,酸化ストレスとなるレーザー光の照射で,DCFDAF-2の蛍光強度の増大が観察された。これらの反応はNOS非依存性であり,ミトコンドリアの電子伝達系酵素を阻害することにより反応が抑制された。

DAF-2の蛍光強度が増した肥満細胞は,果粒放出刺激に応じなくなった。神経組織では,最初に衛星細胞においてDAF-2の上昇が観察され,次いで神経細胞に反応が生じた。以上の実験では,一酸化窒素上昇が細胞障害を引き起こす所見は,肥満細胞と神経細胞では得られなかった。

 

【考察と展望】

細胞内情報伝達系の要となるカルシウムイオン濃度の画像解析が導入されて以来,数多くの仕事がなされてきた。一酸化窒素はcGMPを介して,あるいは直接的に各種酵素を活性化しすることがわかっており,情報伝達系においてカルシウムと同じくらい重要な位置を占めている。このイメージングができれば,非常に有用な解析ツールとなるであろう。

今回の実験は,DCFDAF-2によるフリーラディカル(含,一酸化窒素)のイメージングは,生理的条件下での変動を見ることには使えないが,非生理的な条件(=病理的条件)ではある程度の意義を有していることを示唆している。神経組織では,直接的に光を受けることはないものの,さまざまの酸化ストレスに暴露されることはあり,その際に,どのような一酸化窒素濃度動態が生じるか興味深い。

我々の一連の実験過程で,光感受性物質を取り込ませた肝細胞では,光を照射することによりカルシウム依存性の細胞内情報伝達系を賦活化する現象が観察できた2)。また,もともとポルフィリンを大量に含有している細胞では,光照射による一酸化窒素増大が激烈で,引続いて細胞死がおきた。光が中枢神経にあたることは生理的にはあり得ないが,癌に対するphotodynamic therapyの効果あるいは機構を研究する上でも,一酸化窒素のイメージングは有用であろう。

今回のイメージングに関して留意すべき点は,亜硝酸イオンが蛍光プローブの特性を変化させている可能性がある,ということである(参2)。実験系として不十分ではあるが,あらたな細胞内情報伝達系イメージング法として開発を続ける価値があると思われる。

 

≪参考論文≫

(1)     Kojima H et al.: Chem Pharmaceut Bull 46:373-375, 1998

(2)     Rieth T, Sasamoto K: Analytical Comm 35:195-197, 1998

 

≪研究業績≫

1)      Mori S, SainoT, Satoh Y: Effect of low temperature on compound 48/80-induced intracellular Ca2+ changes and exocytosis of rat peritoneal mast cells. Arch Histol Cytol 63:261-270, 2000

2)      Cui ZJ, Habara Y, Satoh Y: Photodynamic modulation of adrenergic receptors in the isolated rat hepatocytes. BBRC 277:705-710, 2000

3)      Hashikura S, Satoh Y, Cui ZJ, Habara Y: Photodynamic action inhibits compound 48/80-induced exocytosis  in rat peritoneal mast cells. Jpn J Vet Res 49: 239-247, 2001

4)      Cui ZJ, Zhou YD, Satoh Y, Habara Y: A physiological role for protoporphyrin IX photodynamic action in the rat Harderian gland?  Acta Physiol Scand 179: 149-54, 2003


 

プロゲステロンによる受容体応答に対する抑制作用

研究代表者

高島 浩一郎

所属

生理学第一講座

共同研究者

 

 

木村 眞吾

所属

同上

川崎 敏

所属

同上

渡辺 修二

所属

同上

佐々木 和彦

所属

同上

 

キーワード(日本語)

プロゲステロン

急性効果

受容体応答

ステロイドホルモン

 

 

 

Key Words (English)

progesterone

acute effect

receptor response

steroid hormone

 

 

 

【背景・目的】

神経細胞の受容体応答は種々のステロイドホルモンによる調節を受けている。最近,温血動物脳においてステロイドの合成が行われていることも明らかとなり,neurosteroidと呼ばれている。Aplysiaにおいてもステロイドが存在していることは知られている1)。Aplysiaの神経細胞の機能はヒトのものと基本的に似ており,ステロイドがAplysiaでもホルモンとして働いている可能性が示唆されている2)。温血動物脳の各種受容体応答はステロイドの投与により抑制されるものがある一方,増大する場合もあり,その違いが何に起因するのか整理されていない。我々は種々の受容体を持つAplysia神経節を用い,種々の受容体応答に対するステロイドホルモンの急性的な効果を調べた。

 

【実験方法・材料】

Aplysiaから腹部神経節を切り出し,環流装置に固定した。実体顕微鏡下で結合組織を除去して神経細胞を灌流液中に露出させた。単一の神経細胞に2本のガラス微小電極を挿入し,膜電位記録法を行った。種々の伝達物質を細胞外に投与したときに発生する,膜を横切って流れる電流応答を記録した。プロゲステロンなどのステロイドを30 microM5分間前投与して各種受容体応答に対する効果を見た。

 

【結果】

プロゲステロンを30 µMの濃度で5分間,前投与する処理により,腹部神経節のRB 又はRCグループの細胞で,アセチルコリン投与でニコチニック受容体が活性化されることによりNa+ channelが開いて発生する内向き電流応答, LBグループの細胞で同じく ニコチニック受容体が活性化されることによりCl-チャネルが開いて発生する外向き電流応答の両者共に抑制された。さらに同様の処理により,RCグループの細胞でGABA 投与でGABAA受容体が活性化されることによりCl-チャネルが開いて発生する応答も抑制された。また,LBグループの上記と異なる幾つかの細胞で,ドーパミン投与でドーパミン受容体が活性化されることによりNa+チャネルが開いて発生する応答も抑制された。これらの応答は細胞内にGTP アナログのGTPγSGDPβSを投与しても影響を受けなかったのですべてイオノトロピック型であることがわかった。

一方,プロゲステロンの前投与処理により,LUQグループにあるアセチルコリン投与でムスカリニック受容体が活性化されることによりK+ チャネルが開いて発生する応答,及びRBRCグループにあるド-パミン投与でD2受容体が活性化されることによりK+チャネルが開いて発生する応答は全く抑制されなかった。これらの受容体応答は細胞内にGTP アナログのGTPγSGDPβSを投与すると抑制されたのですべてメタボトロピック受容体を介するものである。

抑制効果が見られたアセチルコリン,GABAあるいはドーパミン受容体が活性化されてNa+チャネルあるいはCl-チャネルが開いて発生する応答について,抑制の様式を調べるため,それぞれのアゴニスト濃度を変えた場合の抑制の割合を測定した。抑制の割合はプロゲステロン濃度が同じであればアゴニスト濃度を変えても同じ割合であった。

 

【考察と展望】

本研究において,プロゲステロンの前投与処理により抑制された4種類の受容体応答は全てイオノトロピック受容体の応答であり,プロゲステロンの前投与処理により抑制されなかった2種類の受容体応答はメタボトロピック受容体応答である。従って,本研究で調べた限りでは,プロゲステロンの前投与処理により,イオノトロピック受容体の応答だけが全て選択的に抑制された。同様な抑制効果は温血動物脳の興奮性のニコチニック受容体応答,5-HT3受容体,抑制性のグライシン受容体応答でも報告されている。一方ラットの抑制性GABA 応答はプロゲステロンで増強される事が報告されているが,同じ細胞でプロゲステロン の代謝産物である5a-pregnane-3a-ol-20-oneはより大きな増強作用があり,しかもこの効果発現に時間的な遅れがあることが報告されている。従って増強効果はプロゲステロン代謝産物の効果である可能性が高い。これらのことを考慮すると,一般的に,プロゲステロンはイオノトロピック受容体であれば,その受容体の種類によらずいかなるタイプの受容体も悉く抑制することが示唆される。また,これらの抑制効果はプロゲステロンの前投与後,数分以内に起きるので遺伝子発現を介さないで起こると考えられる。

プロゲステロンの前投与処理はそれぞれ分子構造の異なる多種の受容体の応答を抑制するので,プロゲステロンが受容体の結合部位に結合して競合的な抑制を引き起こしているのではないと推察される。実際の実験結果でも,プロゲステロンによる抑制の様式をdose-response curveで解析したところ,全ての受容体応答について,非競合的な様式と解釈される結果が得られた。

プロゲステロン以外のステロイドホルモンについて,現在,各受容体応答に対してどういう作用があるのかを検討中であり,プロゲステロンの作用と比較する事によりその増強効果についてもより詳しいことがわかると考えている。プロゲステロンの前投与により抑制の起る細胞内機構についても今後検討したい。また,温血動物視床下部ニューロンを用いて同様な研究を企画中である。

 

≪参考論文≫

(1)     Lupo di Prisco C, Dessi' Fulgheri F, Tomasucci M: Comp Biochem Physio. 50B: 191-195, 1973

(2)     Lehoux J-G, Sandor T: A review. Steroids 16: 141-171, 1970

 

研究業績

1)      Takashima K, Kawasaki S, Kimura S, Fujita, Sasaki K: Selective blocking effect of progesterone on the ionotropic receptor responses in the ganglion cells of Aplysia.   Neurosci Res 43: 119-125, 2002

 


 

ニューロステロイドの神経伝達に対する作用:ウシ副腎髄質細胞を神経モデルとした研究

研究代表者

工藤 賢三

所属

薬理学講座

共同研究者

立川 英一

所属

薬理学講座

樫本 威志

所属

薬理学講座

 

キーワード(日本語)

ニューロステロイド

プレグネノロン硫酸

デヒドロエピアンドロステロン

ニコチン性アセチルコリン受容体

カテコールアミン分泌

副腎髄質細胞

 

Key Words (English)

neurosteroid

pregnenolone sulfate

dehydroepiandrosterone

nicotinic acetylcholine receptor

catecholamine secretion

adrenal chromaffin cell

 

【背景・目的】

近年,末梢のステロイド合成器官のみならず脳においてもステロイドが合成されていることが明らかになった(参1)。脳由来のステロイドはニューロステロイドと呼ばれ,睡眠,情動,認知,記憶・学習などの脳機能に影響することが報告されている。これらのステロイドは神経伝達物質受容体やイオンチャネルに直接作用し,神経の興奮性を調節していることが分かってきた(参2。私たちは脳で比較的存在量の多いプレグネノロン硫酸(PREGS),デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)とその硫酸エステルのデヒドロエピアンドロステロン硫酸(DHEAS)の神経伝達に対する作用を検討するため,副腎髄質細胞を用いてニコチン性ACh受容体とその刺激応答に対する効果を調べた。

 

【実験方法・材料】

副腎髄質細胞は,ウシ副腎髄質から酵素処理により細胞を単離した後,4日間培養し実験に用いた。細胞をPREGSDHEADHEAS10分間プレインキュベーション後,これらステロイドの存在下,ACh,高K+,ベラトリジンで7分間細胞をインキュベーションし,カテコールアミン(CA)を分泌させた。分泌したCAはエチレンジアミン縮合法により定量した。刺激による細胞内へのCa2+流入実験には45Ca2+を用いて行った。細胞内遊離Na+濃度測定にはNa蛍光色素であるSBFIを負荷した細胞を用い二波長励起法により測定した。ニコチン受容体の結合実験では[3H]ニコチンを用いて行った。

 

【結果】

I. PREGSの作用≫1) 1) PREGSAChのニコチン受容体刺激による細胞からのCA分泌を濃度依存性に抑制した。しかし,電位感受性Caチャネルを直接活性化する高K+刺激によるCA分泌は抑制しなかった。2) ACh刺激によるCa2+およびNa+流入を抑制した。この抑制の程度はACh刺激でのCA分泌抑制の程度とほぼ同じだった。高K+刺激によるCa2+流入には影響しなかった。3) AChの用量反応曲線を下方にシフトさせた。また,[3H]ニコチンの受容体への結合に影響しなかった。4) 電位感受性Naチャネルを活性化し分泌をおこすベラトリジン刺激によるCA分泌を抑制したが,この抑制はACh刺激でのCA分泌抑制の程度より小さかった。

II. DHEAおよびDHEASの作用≫2,3) 1) DHEAおよびDHEASACh刺激によるCA分泌を濃度依存性に抑制した。抑制の効果はDHEADHEASより強かった。2) K+刺激によるCA分泌をDHEASは抑制しなかったが,DHEAはこれを高濃度で抑制した。3)  ACh刺激によるCa2+およびNa+流入をDHEAおよびDHEASは抑制した。この抑制の程度はACh刺激でのCA分泌抑制の程度と各々ほぼ同じだった。4) これらのステロイドはAChの用量反応曲線を下方にシフトさせた。また,[3H]ニコチンの受容体への結合に影響しなかった。5) ベラトリジン刺激によるCA分泌をDHEAは抑制したが,DHEASは逆にこれを増加させた。DHEAによるこの抑制はACh刺激でのCA分泌抑制の程度より小さかった。

 

【考察と展望】

副腎髄質細胞は,生理・薬理学的に神経細胞と多くの特徴を共有し,神経のモデルとして用いられている。私たちは,コレステロールからのニューロステロイド合成系の上流に位置し,脳内に多く存在するステロイド(PREGSDHEADHEAS)についてニコチン性ACh受容体とその刺激応答に対する作用を検討した。その結果,今回検討したステロイドがニコチン受容体刺激による髄質細胞からのCA分泌を濃度依存性に抑制することが示された。このCA分泌抑制効果は,細胞膜上のニコチン受容体機能が非競合的に阻害され,ニコチン受容体のイオンチャネルを介するナトリウム流入が抑制されたためであることが示唆された1-3)。また,これらのステロイドがCA分泌に関連する電位依存性のCaNaチャネルに作用することも示された。電位依存性Naチャネルにニューロステロイドが作用するという報告はなく,このチャネルもニューロステロイドの作用部位であることが示唆された1-3)。さらに,DHEADHEASの効果の比較から,ステロイド骨格の3位の水酸基における硫酸エステルの有無がこのステロイドのニコチン受容体や電位依存性チャネルに対する効果に大きな差異を与えることが認められた2,3)

脳内ではニコチン性ACh受容体は神経伝達物質の分泌調節に関与していることが知られている。ニューロステロイドはパラクライン的にその作用を示すと考えられており,私たちの結果は,脳内で合成されたニューロステロイドがニコチン性ACh受容体や電位依存性チャネルに作用し,その機能を変化させ受容体刺激応答を調節していることを示唆している。また,ステロイド硫酸エステル体の生成分解に関わるスルフォトランスフェラーゼやスルファターゼの脳内での存在も確認されており,これら酵素のバランスもニューロステロイドの作用を介して脳機能調節に関与している可能性が示された。

 

<<参考文献>>

(1)     Mensah-Nyagan AG, et al.: Pharmacol Rev 51: 63-81,1999

(2)     Falkenstein E, et al.: Pharmacol Rev 52: 513-555, 2000

 

<<研究業績>>

1)      Kudo K, Tachikawa E, Kashimoto T: Inhibition by pregnenolone sulfate of nicotinic acetylcholine response in adrenal chromaffin cells. Eur J Pharmacol 456: 19-27, 2002

2)      工藤賢三,立川英一,近藤ゆき子,水間謙三,樫本威志:デヒドロエピアンドロステロンとその硫酸体の副腎髄質細胞からのカテコールアミン分泌に対する抑制効果。第76回日本薬理学会年会,2003年3月,福岡

 


 

薬用人蔘成分の副腎皮質コルチゾル産生に対する効果

研究代表者

立川 英一

所属

薬理学講座

共同研究者

宮手 義和

所属

薬理学講座・薬剤部

蠣崎 淳

所属

薬理学講座・薬剤部

樫本 威志

所属

薬理学講座

 

キーワード(日本語)

薬用人蔘

副腎皮質細胞

コルチゾル

サポニン

ジンセノサイド

副腎皮質刺激ホルモン

 

Key Words (English)

ginseng

adrenal coritical cell

cortisol

saponin

ginsenoside

ACTH

 

【背景・目的】

ストレスは,視床下部下垂体副腎皮質系を活性化し,皮質のコルチゾル産生を促す。このホルモンにより,生体はストレスに対抗することになるが,逆にコルチゾルは,多くのしかも大きな有害作用をあらわす。これが,ストレスは万病のもとであると言われる理由の一つである。そこで抗ストレス作用を持つと考えられている(参1,2薬用人蔘のコルチゾル産生における影響をウシ副腎皮質細胞を用いin vitro系で検証した。これにより,薬用人蔘成分のストレスに対する薬理作用機序の一つを解明,及びその有効成分を探索できる。

 

【実験方法・材料】

(1)   副腎皮質細胞の調整(参3

ウシ副腎皮質を切片としてコラゲナーゼで処理し,分離細胞を得た。細胞を24-wellプレートに5 ´ 105個の濃度で植え,4日間CO2 incubatorで培養し,実験に用いた。

(2)   副腎皮質細胞のコルチゾル産生(参3

培養副腎皮質細胞を薬物の存在,非存在下,1時間,37°CACTHで刺激した。生成されたコルチゾルを蛍光定量した。

(3)   副腎皮質細胞のcyclic AMP定量(参3

反応した細胞をソニケーションし,遠心後上清のcyclic AMPenzymeimmunoassayキットを用い定量した。

(4)   Steroidgenesis acute regulatory (StAR) protein mRNA定量

反応した細胞からRNAを抽出し,RT-PCR法により,StAR protein mRNA発現量を測定した。

 

【結果】

(1)   薬用人蔘成分を大きくサポニン画分と非サポニン画分に分け皮質細胞に作用させたが,両画分ともACTHによるコルチゾル産生にはまったく影響しなかった。当然のことながら各ジンセノサイド(サポニン)も作用しなかった。

(2)   薬用人蔘サポニン代謝物のM1, M2, M3, M5及びM11ACTH によるコルチゾル産生に効果がなかった。しかし代謝物のうちただ1つM4だけが強くその産生を抑制した。

(3)   M4は,ACTHによるcyclic AMP生成及びプレグネノロンによるコルチゾル産生には影響しなかった。しかし,22-ハイドロキシコレステロールによるコルチゾル産生を抑制した。

(4)   M4は,コレステロールからプレグネノロンへの変換に不可欠なStAR protein mRNAACTHによる発現増加にも効果がなかった。

 

【考察と展望】

薬用人蔘成分中サポニン代謝物,その中でも唯一M4だけが強くACTHによる副腎皮質細胞のコルチゾル産生を抑制した。薬用人蔘を経口投与した際,その成分のサポニンは,アグリコンに結合している糖鎖が順次消化管内で加水分解され,吸収される。したがって薬用人蔘サポニンは,それ自身よりむしろ,その代謝物に薬理学的効果が期待される。この結果はまさしく,それを示しており,サポニンはプロドラッグであり,代謝され作用を顕すことを示している。特にM4は,トリオール系サポニンの最終代謝産物であり,トリオール系の効果がここに集約されるのだろう。

結果から,M4ACTHによるコルチゾル産生阻害は,コルチゾル合成過程中律速段階であるコレステロールからプレグネノロン生成にあると考えられる。このステップは,大きくコレステロールのミトコンドリア内膜への移送とそこでの酵素cytochrome P-450 sccによるプレグネノロンへの変換の2つの反応が重要である。コレステロールの内膜への移送にはミトコンドリアのStAR protein発現が深く関わっている。M4は,ACTHによるこのStAR protein mRNA発現にまったく影響しなかった。したがってM4の作用点は,P-450 sccであると考えられ,現在M4のその酵素活性に対する作用を検討している。

薬用人蔘サポニン代謝物M4が副腎皮質細胞におけるACTHによるコルチゾル産生を抑制したことは,ストレスに対する薬用人蔘の効果を裏付けるものであるが,今後さらにin vivoにおける薬用人蔘及びM4の効果を検証する必要がある。

 

≪参考論文≫

(1)     Attele AS, et al.: Biochem Pharmacol 58:1685-1693, 1999

(2)     Court WE: Ginseng, The Genus Panax. Harwood Academic Publishers, 2000

(3)     Tachikawa E, et al.: J Pharm Pharmacol 51:465-473, 1999

 

≪研究業績≫

1)      立川英一,宮手義和,蠣崎淳,長谷川秀夫,工藤賢三,高橋勝雄,樫本威志:薬用人蔘サポニンとそれら代謝物の副腎皮質細胞のコルチゾル産生に対する効果。第122回年会薬学会20003月,千葉

2)      Tachikawa E, Miyate Y, Kakizaki A, Hasegawa H, Kashimoto T, Takahashi E, Takahashi K, Yamato S, Ohta S: Inhibition of cortisol production by M4, an end product of steroidal ginseng saponins metabolized in digestive tracts, in adrenal fasciculata cells. (in preparation)


 

厚朴とその成分のウシ副腎髄質細胞からのカテコールアミン分泌に対する作用

研究代表者

立川 英一

所属

薬理学講座

共同研究者

高橋 政史

所属

薬理学講座

樫本 威志

所属

薬理学講座

 

キーワード(日本語)

厚朴

ストレス

b-オイデスモール

副腎髄質細胞

カテコールアミン

ニコチン性アセチルコリン受容体

 

Key Words (English)

magnolia bark

stress

b-Eudesmol

adrenal chromaffin cell

catecholamine

nicotinic acetylcholine receptor

 

【背景・目的】

厚朴は,ホウノキの樹皮を原料とする生薬であり,抗不安薬として用いられている多くの漢方薬に,方剤の1つとして処方されている。また,薬用植物のバイブルである「神農本草経」に厚朴は,精神安定作用を持つと記載されている。事実,厚朴は中枢神経機能を抑制する(参1。これまでに厚朴から各種の成分が単離され,構造が決定された。しかし,これら成分と厚朴自身の神経系機能抑制作用との関係は明らかになっていない。

そこで,発生学的に自律神経節に相当し,交感神経系モデルの副腎髄質細胞からのアセチルコリン(ACh)刺激によるカテコールアミン(CA)分泌に対する厚朴とその成分の影響を検討して,厚朴と成分の作用との関連,また厚朴の末梢神経系への薬理作用を調べた。

 

【実験方法・材料】

(1)            副腎髄質細胞の調整(参2

 ウシ副腎髄質細胞を切片としてコラゲナーゼで処理し,分離細胞を得た。細胞を35 mm dish2 x 106個の濃度でうえ,4日間,CO2 incubatorで培養し,実験に用いた。

(2)            副腎髄質細胞からのCA分泌(参2

 培養副腎髄質細胞を薬物の存在,非存在下,10分間,37˚Cpreincubationした。次にpreincubationで用いた薬物の存在,非存在下,細胞を7分間,刺激(AChや高カリウム)した。細胞から遊離されたCAをエチレンジアミンで縮合し,蛍光定量した。

(3)            副腎髄質細胞へのNa+流入(参3

 カバースリップ上の培養副腎髄質細胞を10 µM sodium-binding benzofuran isophthalate (SBFI)002% pluronic F-1273時間,37˚Cincubationした。カバースリップを蛍光測定用キュベットに入れ,10分間,preincubation後,薬物の存在,非存在下,細胞を刺激した。細胞内のSBFI-Na+複合体から生じた蛍光の減少と増加をとらえ,細胞内Na+濃度変化としてあらわした。

(4)            副腎髄質細胞への Ca2+流入(参3

 培養副腎髄質細胞を薬物の存在,非存在下,10分間,37˚Cpreincubationし,次にincubation液のCa2+45Ca2+ (1 µCi)でラベルし,7分間,細胞を刺激した。細胞内に取り込まれた45Ca2+を液体シンチレーションカウンターで測定し,細胞内へのCa2+流入とした。

  

【結果】

1)     厚朴からの抽出エキスがACh刺激による副腎髄質細胞からのCA分泌を濃度依存性(200-900 µg/ml)に抑制した。また,そのエキスは,細胞膜を直接脱分極する高カリウム刺激によるCA分泌も抑制した。しかしその抑制効果はAChによるCA分泌を抑制した効果に比べ弱かった。

2)     厚朴成分であるb-オイデスモール,ホノキオール,マグノロール,酢酸ボルニルは,強くAChによるCA分泌を阻害した。しかしa-b-ピネンは,効果がなかった。

3)     b-オイデスモールとマグノロールは,高カリウム刺激によるCA分泌をAChによる分泌と同じ程度抑制した。しかし,ホノキオールと酢酸ボルニルの高カリウム刺激によるCA分泌阻害効果は,弱かった。

4)     b-オイデスモールとホノキオールはAChや高カリウム刺激による細胞内へのNa+Ca2+流入を減少させた。

 

 

【考察と展望】

1)     厚朴は,ACh刺激による牛副腎髄質細胞からのCA分泌を抑制するいくつかの成分を含んでいる。それらの抑制は,AChによる細胞内へのNa+Ca2+流入を阻害することであらわれる。これは,厚朴成分がニコチン性ACh受容体陽イオンチャンネルや電位感受性カルシウムチャンネルに拮抗することを示唆している。

2)     厚朴自身(粗抽出エキス)もAChと高カリウム刺激によるCA分泌を抑制するが,前者に対する効果が強くあらわる。b-オイデスモールが今回用いられた厚朴成分中,もっとも強い抑制効果を示しているが,その効果は,AChと高カリウム刺激に対して同じ程度である。他のホノキオール,酢酸ボルニル,そしてマグノロールは,AChの作用に対してより強い効果を示す。また,それぞれの成分は,厚朴中の含有量に差がある。したがって厚朴の阻害効果が,これらすべての成分の和の結果であるのか,あるいは特に強く働く別の主要成分があるのか,今後の研究が必要である。

3)     厚朴は,以前に報告されている中枢神経抑制効果ばかりでなく,末梢神経,特に自律神経機能に対しても抑制的に働くことが示唆され,これが厚朴の抗ストレス作用に関係している可能性がある。

 

 

≪参考論文≫

(1)     Watanabe K, et al.: Chem Pharm Bull (Tokyo) 21: 1700-1708, 1973

(2)     Tachikawa E, et al.: Mol Pharmacol 40: 790-797, 1991

(3)     Tachikawa E, et al.: J Pharmacol Exp Ther 273: 629-636, 1995

 

≪研究業績≫

1)      Tachikawa E, Takahashi M, Kashimoto T: Effects of extract and ingredients isolated from Magnolia obovata Thunberg on catecholamine secretion from bovine adrenal chromaffin cells. Biochem Pharmacol 60: 433-440, 2000


 

薬用人蔘サポニンとそれら代謝物のウシ副腎髄質細胞からのカテコールアミン分泌に対する作用

研究代表者

立川 英一

所属

薬理学講座

共同研究者

工藤 賢三

所属

薬理学講座

樫本 威志

所属

薬理学講座

 

キーワード(日本語)

薬用人蔘

ジンセノサイド

サポニン

副腎髄質細胞

カテコールアミン

ニコチン性アセチルコリン受容体

 

Key Words (English)

ginseng

ginsenoside

saponin

adrenal chromaffin cell

catecholamine

nicotinic acetylcholine receptors

 

【背景・目的】

古くから薬用人蔘は,滋養,強壮薬,また不老長寿の薬として世界各国で用いられている。また,主要方剤の1つとして多数の漢方薬にも処方されている。このように薬用人蔘は,曖昧であるが,幅広い薬効を持つことが推測される。私たちは,薬用人蔘成分の神経系に対する薬理効果を研究し,サポニン成分,その中でもトリオール系サポニンが神経系モデルのウシ副腎髄質細胞からのアセチルコリン(ACh)刺激によるカテコールアミン(CA)分泌をニコチン性ACh受容体を通るNa+流入のblockを介して,抑制することを報告している(参1。一方,ジオール系サポニンは,非常に弱いCA分泌抑制作用を示す。ところが最近の研究で,経口投与された薬用人蔘のサポニンが消化管において,アグリコンに結合している糖鎖が順次加水分解され,吸収されることが証明された(参2。そのため,この研究では,それらサポニン代謝物の副腎髄質細胞からのCA分泌に対する影響を検討した。また,ジオール系で例外的に強いCA分泌抑制活性を示したジンセノサイド-Rg3について,その抑制メカニズムも観察した。

 

【実験方法・材料】

(1)副腎髄質細胞の調整(参1(2)副腎髄質細胞からのCA分泌(参1(3)副腎髄質細胞へのNa+流入(参1(4)副腎髄質細胞へのCa2+流入は,参考論文及び前項「厚朴とその成分―――」研究に記述された実験方法で行われた。(5)アフリカツメガエル卵母細胞へのヒトニコチン性ACh受容体発現と卵母細胞のvoltage clamp ヒトa3及びb4ニコチン性ACh受容体サブユニットのcDNAからそれぞれのmRNA を合成し,卵母細胞に注入してニコチン受容体を発現させた。その卵母細胞をtwo-electrode voltage clampし,ACh刺激で生じる内向き電流を測定した。

 

【結果】

ジンセノサイド-Rg3CA分泌に対する作用

1)      ジンセノサイド-Rg3は,ACh刺激によるウシ副腎髄質細胞からのCA分泌を抑制したが,電位感受性Ca2+チャンネルを活性化する高カリウム刺激,並びに電位感受性Na+チャンネルを活性化するベラトリジン刺激によるCA分泌には,ほとんど影響しなかった。

2)      AChによる細胞内へのNa+Ca2+流入もジンセノサイド-Rg3は,抑制した。

3)      このサポニンによるCA分泌阻害効果は,反応液のAChCa2+濃度を増やしても影響されなかった。

4)      低濃度(10 µM)のジンセノサイド-Rg3と細胞のpreincubation後,細胞をよく洗浄してAChで刺激すると,サポニンの抑制効果は消失した。ところが,高濃度(30 µM)サポニンの効果は完全に消失しなかった。

5)      低濃度ジンセノサイド-Rg3は細胞膜の流動性に影響しなかったが,高濃度は膜流動性を増加した。

6)      また,高濃度サポニンのCA分泌抑制効果は,細胞とのincubation時間に依存していた。

 

薬用人蔘サポニン代謝物のCA分泌に対する効果

1)      トリオール系サポニン代謝物(M4, M11)ばかりでなく,ジオール系(M1, M2, M3, M5, M12)も強くACh刺激による副腎髄質細胞からのCA分泌を抑制した。その中でM4がもっとも強い抑制作用を示した。

2)      M4は電位感受性Ca2+チャンネルを活性化するhigh K+による細胞からのCA分泌を抑制したが,その効果は,AChによるCA分泌を抑制する効果よりかなり弱かった。

3)      M4は,AChによる細胞内へのNa+流入,並びにa3b4ニコチン性ACh受容体を発現している卵母細胞へのAChによる内向き電流入をblockした。

4)      M4CA分泌阻害効果は,細胞とのincubation時間に依存していた。

5)      M4CA分泌阻害は,ACh濃度を増加しても影響されなかった。

 

【考察と展望】

1.       ジンセノサイド-Rg3CA分泌抑制作用

ジンセノサイド-Rg3は,トリオール系サポニンと同じように,ニコチン性ACh受容体に非競合的に拮抗し,ACh刺激によるウシ副腎髄質細胞からのCA分泌を抑制する。また,その高濃度のサポニンは,受容体拮抗作用に加え,細胞膜流動性を増加させる作用もあり,この効果もCA分泌抑制に寄与していると考えられる。

2.       薬用人蔘サポニン代謝物のCA分泌抑制作用

すべての薬用人蔘サポニン代謝物が,AChによるウシ副腎髄質細胞のCA分泌を抑制する。その効果は,代謝物が細胞膜あるいは細胞内に入り,ニコチン性ACh受容体に非競合的に拮抗し,その受容体を介するNa+流入をblockした結果であると考えられる。 

経口投与された薬用人蔘中,サポニンはアグリコンに結合している糖鎖が順次加水分解され吸収される。これら糖が切れたサポニン代謝物が薬用人蔘の活性本体と考えられる。大部分のジオール系サポニン自身は,弱いCA分泌抑制活性しか示さないが,代謝されると強い活性をあらわす。また,トリオール系サポニンは,代謝を受けてもまだ強い抑制作用を維持している。したがって,ジオール系サポニンはプロドラッグであり,消化管で代謝され,トリオール系サポニン及びそれら代謝物と協力し,大きなCA分泌抑制活性を発揮すると考えられる。この作用が薬用人蔘の薬効の一部に関係している可能性が高い。

 

≪参考論文≫

(1)     Tachikawa E, et al.: J Pharmacol Exp Ther 273: 629-636, 1995

(2)     Hasegawa H, et al.: Planta Med 62: 453-457, 1996

 

≪研究業績≫

1)      Tachikawa E, Kudo K, Nunokawa M, Kashimoto T, Takahashi E, Kitagawa S: Characterization of ginseng saponin ginsenoside-Rg3 inhibition of catecholamine secretion in bovine adrenal chromaffin cells. Biochem Pharmacol 62: 943-951, 2001

2)      Tachikawa E, Hasegawa H, Kudo K, Kashimoto T, Miyate Y, Kakizaki A, Takahashi K, Takahashi E: Inhibitory effects of ginseng saponins metabolized in digestive tract on adrenal secretion of catecholamines in vitro.  Advances in ginseng research 2002 (Edited by Nam-In Baek): 392-400, 2002

3)      Tachikawa E, Kudo K, Hasegawa H, Kashimoto T, Sasaki K, Miyazaki M, Taira H, Lindstrom JM: Ginseng steroidal saponins hydrolyzed in the digestive tract are potent active metabolites in inhibition of catecholamine secretion. Biochem Pharmacol (in press)